2012年1月22日日曜日

加治木義博の説を学者が反発する理由



 『出典』言語復原史学会加治木義博大学講義録04:17頁

 加治木義博の説を学者が反発する理由
 加治木義博の説を学者が反発する理由

 在来の学者たちが猛反発するのも、理由がないわけではない。

 その最大の理由は『日本書紀』「欽明天皇紀」中の”百済仏伝”の記事である。

 そこには

 「欽明天皇十二年十月に百済の聖明王が、

  釋迦仏の金銅像と幡(ばん)と蓋(きぬがさ)を

  若干と経論若干巻を献じ、別に仏教の功徳を書いた手紙を添えて贈ってきた」

 と書いてある。

 『日本書紀』ではこれが最初の仏教記事なので、だれが読んでも、

 それは「最初に我が国に仏教が伝来したという記録だ」と思い込むのは当然である。

 これまで我が国の教員たちは、それを間違いのない史実だと固く信じて、

 「動かぬ事実」として教え続けてきた。

 だがそれは『日本書紀』を「書き継がれた記録」だと信じていた江戸時代の学者たちの、

 幼稚な考えのまま放置されていた「戦前の常識」に過ぎず、

 調べれば調べるほど『日本書紀』は混乱しており、

 真実の史実をすべて書いているとはいえない。

 それは中国人が自ら見聞した事実を、客観的に正確に記録した報告書を編集した

 『魏書倭人章』と比較しても、また後世の天皇に当たる王で、

 『日本書紀』が天皇として扱っている倭王・武の自筆の手紙を中心にした

 『宋書』の「倭の五王」の記事と比較してみても、

 容易には一致点がみつからないほど、

 実際あった歴史が脱落していることが確認できる。

 『参考』
  ウワイト(倭人)大学院講義録 

 『My ブログ』
 ウワイト(倭人):大学講義録

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