2012年1月19日木曜日

「マツリ」の語源は



 『出典』言語復原史学会加治木義博大学講義録04:2頁

 「マツリ」の語源は

 学問は尊い仕事であるが、

 功を焦っていいかげんな説を発表してはならない。

 それがなぜだかを、あなたもよく認識して、

 絶対に失敗しないようにして戴きたいのである。

 さて日本の古代政治が「祭政一致」だったことは、間違いのない事実である。

 その最古の記録が『魏書倭人章』に残された、

 卑弥呼の「鬼道による政治」の記事なのだ。

 ではその「祭=サイ」という漢字を、日本ではなぜ?

 「マツリ」と読むのか?…おわかりだろうか?……。

 それを調べる最初のヒントは、

 お祭りというと必ず「付き物」の「屋台店=露店」である。

 その露天を出す露店商の人々を彼等は仲間言葉で「タカマチ屋」と呼び、

 祭りそのものを「タカマチ」と呼ぶ。

 こうした祭りの原型は、全国に3万以上ある「八幡社」にある。

 その最初のものが鹿児島県隼人町にある

 鹿児島神宮=正八幡=大隈一の宮だから、

 このタカマチは鹿児島語である。

 すると「タカ」は高で

 「タカラ=宝・高良・高麗」などの地名・国名を残した「高族」のことであり、

 「マチ」は鹿児島語の「マチ=祭り」であることが理解できる。

 ではなぜ鹿児島ではマチと言って、

 「マツリ」と言わないか?…。

 それは鹿児島語では「ラ行」のL・Rを発音せず、母音だけを発音する。

 だからマツリは「マッイ」「マチ」に変わったようにみえる。

 だが本当はマチが語源で「マツリ」が方言なのである。

 『参考』
  ウワイト(倭人)大学院講義録 

 『My ブログ』
 ウワイト(倭人):大学講義録

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