2014年6月28日土曜日

阿曇・安曇(49)『古事記』邇邇芸命:天孫の誕生


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 《考古学&古代史の諸問題》 
 《参考:年表・資料》 

 阿曇・安曇(49)『古事記』邇邇芸命:天孫の誕生

 課題:阿曇族と天孫降臨伝承
    ―海神の宮の物語が隠している日本の創世―

 出典:歴史学講座「創世」 小嶋秋彦

 出典:「日本古典文学大系」:124~125頁
     発行:岩波書店

 故、建御雷紳、返参上、復奏言向和平葦原中国之状。

 爾天照大御神、高木紳之命以、

 詔太子正勝吾勝勝速日天忍穂耳命、

 今平訖葦原中国之白。

 故、随言依賜降坐而知者。

 爾其太子正勝吾勝勝速日天忍穂耳命答白、

 僕者将に降装束之間、子生出。

 名天邇岐志国邇岐志【自邇至志以音】。

 天津日高日子番能邇邇芸命。

 此子應降也。

 此御子者、御合高木神之女、萬幡豊秋津師比賣命

 生子、天火明命。

 次日子番能邇邇芸命也。

 是以随白之、科詔日子番能邇邇芸命、

 此豊葦原水穂国者、汝将知国、言依賜。

 故、随命以可天降。  


 故、建御雷の神、返り参上(まゐのぼ)りて、

 葦原の中つ国を言向(ことむ)け和平(やは)しつる状(さま)を、

 復奏したまひき。

 爾に天照大御紳、高木の神の命以ちて、

 太子(ひつぎのみこと) 正勝吾勝勝速日天の忍穂耳の命に

 詔りたまひしく

 「今、葦原の中つ国を平(ことむけ)訖(を)へぬと白 せり。

  故、言依(ことよ)さし賜ひし随(まにま)に、

  降(くだ)り坐(ま)して知らしめせ。」とのりたまひき。

 爾に其の太子正勝吾勝勝速日天の忍穂耳の命、

 答へ白したまひしく

 「僕(あ)は降らむ装束(よそひ)しつる間、子生(れ)出でつ。

  名は天邇岐志国邇岐志(あめにきしくににきし)

  【邇より志までは音を似ゐよ】

  天津日高日子番能邇邇芸(あまつひこほのににぎの)命ぞ。

  此の子を降すべし。」とまをしたまひき。

 此の御子は、、高木の神の女(むすめ)、

 萬幡豊秋津師比賣(よろづはたとよあきづしひめの)命に

 御合(みあひ)して、生みませる子、

 天火明(あめのほあかりの)命。

 次に日子番能邇邇芸(ひこほのににぎの)命なり。

 是(ここ)を以ちて白したまひし随に、

 日子番能邇邇芸の命に詔(みこと)科(おほ)せて、

 「此の豊葦原の水穂の国は、

  汝(いまし)知(らさむ)国ぞと言依さし賜ふ。

  故、命の随に天降るべし。」

 とのりたまひき。 

 《参考》


 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿、牛頭、空白の布幕、幕と婦人、マルタ十字紋等
 (アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている) 

  
 牛頭を象った神社建築の棟飾部

 Tell Arpachiyah (Iraq) 
 Tell Arpachiyah (Iraq)     
 ハラフ期の土器について
 ハブール川
 ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor
、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur
 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿
 牛頭を象った神社建築の棟飾部
 神社のルーツ
 鳥居のルーツ
 

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