2012年8月1日水曜日

山幸と邪馬壹国とは全く同じもの



 『出典』言語復原史学会加治木義博大学講義録14:6頁

 《山幸と邪馬壹国とは全く同じもの
 「山幸と邪馬壹国とは全く同じもの

 「邪馬壹国 1」

 その変化は狗奴国を考えると一目瞭然だ。

 卑弥呼時代は「不属 女王」だったが、

 革命後は不属どころか、

 女王国の中心勢力になったからである。

 この勝者敗者の対比は、

 すでにご存知のとおり神話の『海幸山幸』として記録されている。

 弟の山幸の名を復元してみると、

 「山」は「邪馬」の唐代の発音変化後の当て字だとわかる。

 では「幸」とは何か?。

 この神話の舞台は、

 日向神話という分析名でも明らかなとおり南九州である。

 南九州では「幸」 は「サッ」と発音する。

 このサッは古代国名の薩摩のサツだとみると、

 サツはマレー語の「1」が語源だとわかっているから

 「壹」と書いても向じもの、

 すなわち「山幸」と「邪馬壹」とは全く同じものを指す名詞で、

 山幸はマレー語系の人たちが呼んだ国名であり王名だった。

 そのフルネームは山幸彦だから、

 張攻なら邪馬壹卑狗と当て字したであろう名乗りで、

 山幸彦は後世の日本式当て字、両者は全く同じものである。

 この名の歴史は、

 まず247年に邪馬壹が生まれ、

 当時はジャマ イエッと発音していたが、

 その後、

 マレー語系の住民たちによって

 ジャマ サッと呼び方が変えられ、

 その後さらに神話化した。

 その時期は「邪馬」が

 「ヤマ」と唐音になっているので8世紀前後だったことがわかるし、

 その神話化地域はサッをサチと発音する地域、

 近畿圏だったことも立証できる。

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