2012年5月20日日曜日

各国高官は全てシンドゥ教徒



 『出典』言語復原史学会加治木義博大学講義録10:26頁

 《各国高官は全てシンドゥ教徒
 「各国高官は全てシンドゥ教徒

 しかし伊都国までの行程記事は、

 官名以外は梯儁が書いたもの、としなければならない。

 なぜならそれは「報告書」だからである。

 役人は自分が何をしたか、いちいち報告する義務がある。

 始めて帯方郡から倭国へ使者として出張した彼は、

 当然、出張記録を提出したのである。

 伊都国までの行程は、

 彼が書かなげればならなかったし、

 同じ部分は二度目の使者・張政は書く必要がなかった。

 同じものを書いても仕方がないからである。

 しかし前任者が書き落としたり、

 その後、変化した部分は、新しく書き込む義務がある。

 張政が出張した時は、まさに倭国大変革だった。

 それまで倭と呼んいた国が崩壊して、

 邪馬壹という新しい国名が生まれ、

 各国の立場も大きく変貌して、官吏もみな入れ替わった。

 現在私たちが見る、その国々の官名は、

 邪馬壹国の四人の官名が新政権のものなのと同じく、

 すべて邪馬壹政権下のものであるのはいうまでもない。

 このことが疑わしければ、

 卑弥呼が派遣した当時の高官名と比較してみればいい。

 各国の高官名には卑弥呼政権当時の名乗りは一つも見当たらない。

 このことが、

 官僚の入れ替わりと、

 政権の交替とが、

 動かぬ事実であったことを、

 何よりも明確に証明しているのである。

 今みるそれらの名は、

 卑弥呼の仏教と対立していた

 シンドゥ教徒の人々の名乗りなのである。

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