2012年7月8日日曜日

シンドゥの2国、邪古・波邪



 『出典』言語復原史学会加治木義博大学講義録13:10頁

 《シンドゥの2国、邪古・波邪
 「シンドゥの2国、邪古・波邪

 では今ここで主題になっている邪馬国は、

 邪馬壹国になる直前には南九州の南の海のどこにあったのだろうか?。

 手掛かりはシバ神を示す邪の文字をもつ国だが、

 それが『新唐書』の「東夷伝 日本」の最後に2つ記録されている。

 その原文は次のとおりである。

 「其 東海 島嶼中 又 有 邪古 波邪 多尼 小三王」
 
 「その東の海の島々の中にはまた、邪古・波邪・多尼という3つの小さな王国がある」。

 この3王国の名は、

 唐の発音だから「邪=ヤ」で、ヤコ・ハヤ・タニと発音するのだから

 ヤコ=ヤク、タニ=タネで、

 大隅・沖縄語の発音で屋久島と種子島をさす名だとすぐわかる。

 すると残るハヤは、この2地点と三角形をかたちづくる隼人を意味するとみていい。

 『新唐書』は11世紀に書かれ、58代光孝天皇まで記載しているから、

 日本というのは本州を中心にした平安時代前期の日本をさすのだが、

 それなら東海というのは伊勢湾以東で、屋久島・種子島はそんなところにはない。

 強いてそれを東海にあるといえるのは、鹿児島県の薩摩半島だけである。

 このことは『旧唐書』では倭国と日本の二本立になっていて、

 その小国日本は鹿児島県だという私(加治木義博)の考証と一致するから、

 この記事は新たに発見された旧小国日本の記録を、

 誤って統一日本の記事に加えたのだと、

 すぐ判定できて疑問は残らない。

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