2013年4月9日火曜日
観世音を日本の仏と知っていた高麗人
『Yahoo!天気・災害』
『出典』言語復原史学会・加治木義博大学講義録22:13頁
《観世音を日本の仏と知っていた高麗人》
「観世音を日本の仏と知っていた高麗人」
しかしそれらの信仰が「まさかこちらから中国へ広まったとは考えられない」と、
文化はすべて中国から朝鮮半島経由でやってきたと信じて疑わない人がある。
だがこれには動かない証言が、権威のある記録として残っている。
前にすでにお話しずみであるが、
朝鮮半島の三国の正史である『三国史記』の最高責任者であった
高麗の学者・金富軾(キムプシァ)、高麗が半島を統一(936年)した後まもなく、
外交官の一員として中国へ使いしたが、
そのとき中国の官吏が
「すぐ近くに、昔、貴方の国から伝えられた神様が祭られた廟があります。
たいそう信仰されていて、いっも参詣人たちで賑わっていますよ」と教えたので、
暇をみてたずねて行ってみると、それは朝鮮から伝わった宗教ではなくて、
日本から広まった観世音菩薩の廟だったと書き残している。
これは当時の中国では高度の教養人だった官吏が、日本人と高麗人を同一人種だと信じており、
高麗人の金富軾(キムプシァ)は、より厳密に国籍にこだわって、
高麗と日本は別の国だと主張しただけで、どちらも間違いではない。
それは明治以前の封建時代と現代の日本人観と同じことで、小さく区別するか、
大まかな人種観でみるかの差でしかない。
それはともかく、観世音信仰が日本から中国へ広まったことは、
この記録で疑いの余地を残さないのである。
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