2013年4月29日月曜日
卑弥呼らが残した歴史書はどうなったか?
『Yahoo!天気・災害』
『出典』言語復原史学会・加治木義博大学講義録23:3頁
《卑弥呼らが残した歴史書はどうなったか?》
「卑弥呼らが残した歴史書はどうなったか?」
卑弥呼の鬼道の正体が仏教だったことが、完全にわかり、
彼女がソナカ夫人だったことが真実だったとわかると、
『日本書紀』に収録されている
ソナカの記録=足仲(ソナカ)彦・仲哀天皇と
息長(ソナカ)帯姫・神功皇后の伝記と、
蘇那曷(ソナカ)叱智と
その別名で書かれた記事と『天の稚彦物語』が、
『魏書倭人章』以外の文献に記録された
「卑弥呼の歴史」として復元できることになる。
それらの記事は何に基づいて書かれたものなのか?。
在来の歴史家は『古事記』の序文に書かれた
『帝記・旧辞』の名を口にするだけで、
鬼道の実体も
卑弥呼の首都国がパーリ国=巴利国だったことも全然知らず、
具体的な事実はまるでなに一つわからず、
考えたことすらなかったが、
私たちは
卑弥呼たちがパーリ語に精通していたことまで全て発見ずみである。
卑弥呼は自分のパーリ語名に対して漢字で
「卑弥呼」と当て字して署名することもできた。
漢字が書けたことはわかっているが、
その署名の漢字は、
魏の皇帝あての手統だから漢字で書いたのであって、
ふだんメモしたり、
自分たちのあいだで取り交わしたり、
記録に残したりするものまで漢字で書いたとは思えない。
後世に『記・紀』が漢文体に翻訳した彼女たちの歴史の原典は、
どんな言葉や文字で書き残していたのか、
それを見つけ出せれば
『記・紀』以前の『史書』が発見できたことになる。
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