2013年4月2日火曜日
照大神の光華明彩=観世音の光明焔
『Yahoo!天気・災害』
『出典』言語復原史学会・加治木義博大学講義録22:6頁
《天照大神の光華明彩=観世音の光明焔》
「天照大神の光華明彩=観世音の光明焔」
これを読むと『日本書紀』の、
卑弥呼が生まれた当時の記事を想い出さずにはおれない。
そこには
「日の神が生まれた。
大日霎の貴(おおひるめのむち)と名づける。
此の子、光華明彩、六合の内に照り徹(とお)れり」
と書かれている。
後半だけを訳すと
「この子は美花のように彩られて明るく光り輝き、
六合=村の中のどこにいても、
遠くからよく見えた」とある。
これは彼女が、遠くからでも目立つような、
明るく花のような色の髪の毛=金髪をもっていたと読めばリアルで自然だが、
在来の誇張された解釈では
「大日霎の貴は身体から光りを放って、
全世界に照り徹っていた」となり、
仏教徒の住む広大な世界を隈なく照らすという
観世音菩薩の頭上から放射する上記「光明焔」の表現と、
全く同じものになるからである。
この伝承が卑弥呼の形容として伝わり、
それが観世音の名とともに広まる際に、
観音力の象徴として神秘化が進み、
千万億土を照らす光華明彩として説教され、
経典の翻訳もそれを強調、誇張したと客観的にみるのが、
全人類に受け入れられる冷静で妥当な見方だ。
卑弥呼の死直後から作られ始めた漢訳経典が、
繹迦が説いた
アヴァ ロキ テスヴァラ
を卑弥呼のマレー語名カシイ菩薩と訳したばかりでなく、
彼女の大日霎の貴伝承まで取り入れて観音の広大な功徳の形容に用いた。
これが現時点での動かぬ結論である。
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