2013年2月1日金曜日

南九州西半部に一致する不思議な十二天曼荼羅



 『Yahoo!天気・災害』 

 『出典』言語復原史学会加治木義博大学講義録20:8頁

 《南九州西半部に一致する不思議な十二天曼荼羅
 「南九州西半部に一致する不思議な十二天曼荼羅

 そして東北に伊舎那(イサナ)天が配置されている。

 天を王(キ)に置き換えるとイサナキの尊だ。

 多聞天は北だから球磨郡の鬼国に合わせると、

 その南の伊舎那天は伊佐郡に合い、
 
 西の水天は出水郡に合い、

 南の焔摩(ヤマ)天は邪馬国(屋久島)に合う。

 これらは全て南九州の西半、薩摩半島側だけだから、

 その東部は鹿児島市で、

 そこに東の帝釈天(チヂワ)の略「千石」町があって、

 これも一致しているし、

 さらにその東北東に帖佐(ツサ、現在の姶良町)があって、

 これも帝=teiug ティウ=ツ、釈=Shiak シャツ=サと、

 南九州語の法則通りに短縮された発音に一致している。

 そして東南に位置する火天も、その位置には火山の桜島がある。

 これは地域をさらに拡大すれば、

 薩摩半島から見える東南(辰巳)の島、

 種子島も火々出見の尊などの火の名をもつ3兄弟が生まれた島で、

 火=ホに対して穂・百の当て字も見られる。

 西南の羅刹(ラセツ)天はラ音を発音しない南九州語では「セッデン」と

 発音するから加世田の世田が同じ発音をもっていて、

 朝鮮語のカセダは恐るべき勇猛を意味するから、

 羅刹の特徴にもピタリと合う。

 西北の風天は川辺(なベ)町の古殿がフーデンでフーテンに合うが、

 ずっと北西にも熊本県の天草町に福連木があってフーデン王(ギ)の名残に見える。

 この地名を北への移動の跡だとすれば、南の沖縄にも、

 この風天=フーテン国(マ)の名によく合う普天間(ふてんま)がある。

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 『参考』
 『言語復原史学会:Web』
 『言語復原史学会:画像』 
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 《参考》
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