2013年2月9日土曜日
『魏略』逸文にある中国仏教史
『Yahoo!天気・災害』
『出典』言語復原史学会・加治木義博大学講義録20:17頁
《『魏略』逸文にある中国仏教史》
「『魏略』逸文にある中国仏教史」
大学講義録15では、
卑弥呼の鬼道とは仏教で、その本尊が観世音菩薩であったことが、
彼女の居た地域を限定して示していることをお話しした、
在来は、観音信仰は1世紀ごろに、
中国から朝鮮半島経由で入ってきたとされていたが、
これまで検討した結果では、その中国より卑弥呼のほうが先であって、
こちらから逆に中国へ広まったことが、動かない史実だったということになった。
しかし観音信仰は中国が先進国だと誤信している人が多いので、
まず当時、
中国で知られていた仏教とはどんなもので、
どの程度普及していたのかを見ておこう。
陳寿の『魏書』より古い
魚豢(ギョカン)の『魏略(『三国志』斐松之「注」)』の逸文には
「臨児国(正義作 臨毘国) 浮屠経(ふときょう) 云
其 国王 生 浮屠 浮屠太子 也 父 曰
屑頭邪 母 曰 莫邪」=ルンビニ国。
浮屠経いわく。
「その国王に仏様が生まれた。仏陀太子だ。
父の名をクシャトリヤ、母をマヤという」と書き出して、
マヤ夫人が白象の夢を見て妊娠したこと、
太子は生まれるとすぐ7歩いたといったことや、
「天竺 有 神人 曰 沙律=イシドには
神に仕えるシャリと呼ばれる人がいる」などとも書く。
これは「仏(ぶっ)シャリ=釈迦の歯」のことではなく、
阿闍梨(アヂャリ)という僧の代名詞である。
《このをフトケイと読んだものが、
南九州でホトケともいう発音に固定して、
仏(ほとけ)という和名が生まれたのである》。
『My ブログ』
古代メソポタミア
歴史徒然
ウワイト(倭人):大学講義録
ウワイト(倭人)大学院講義録
オリエント歴史回廊(遷都)
古代史つれづれ
古代史の画像
ネット歴史塾
古代史ブログ講座
ネット歴史塾
ひねもす徒然なるままに
「終日歴史徒然雑記」
「古代史キーワード検索」
『特定非営利活動法人森を守る紙の会: NGO-SFP』事務局長:金原政敏
《参考》
古代時代の考古学の最新発見・発表・研究成果
最新の考古学的発掘の方法
存在価値が問われる我が国の発掘考古学の現状
《装飾古墳》
「装飾古墳」
《考古学の最新発見》
「考古学の最新発見」
登録:
コメントの投稿 (Atom)
0 件のコメント:
コメントを投稿