2014年5月10日土曜日

阿曇・安曇(7)志賀海神社


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 《考古学&古代史の諸問題》 
 《参考:年表・資料》 

 出典:歴史学講座「創世」 小嶋秋彦

 阿曇・安曇(7)志賀海神社

 阿曇族
 
 志賀海神社(しかうみじんじゃ)
 
 志賀海神社:龍之都(志賀島の神々)、海神の総本社

      :災厄祓除、病気平癒、子供守護、交通安全、海上安全

       〒811-0323 福岡市東区志賀島877

 龍之都(志賀島の神々)

  志賀島:田之天神社・志賀護国神社・恵比須神社

  弘:弘天神社・三崎社

  勝馬:智恵神社・太刀打神社・山之神社・賽之神社・乙子神社

     沖津宮・仲津宮・表津宮跡・宇賀神社

 祭典
  
  例大祭

   国土祭(例大祭)  毎年 10月第二  月曜日 午前9時
      
   御神幸祭(神輿渡御)隔年 国土祭前日  日曜日 午後7時

    (無形文化財)

  特殊神事
 
   歩射祭          1月15日  近くの日曜日

    (無形文化財)

   山誉種蒔漁猟祭      4月15日  (無形文化財)

   七夕祭          8月6~7日 事無柴、志賀茶の授与
  
   男山祭          11月15日 (無形文化財)

 御神宝

  鹿の角(1万本以上)、高麗鍍金鐘(重要文化財)、宝筐印塔

     (県指定文化財)、

  細形銅剣鎔笵(県指定文化財)、社殿古図絵巻、神功皇后出兵絵巻、

  伝来朱雀天皇御宸筆、朱印状(豊臣秀吉ほか)、雲出太刀、鯨絵馬他

 御祭神

  左殿 仲津綿津神 (相殿 神功皇后)

  中殿 底津綿津神 (相殿 玉依姫命)

  右殿 表津綿津神 (相殿 応神天皇) 

 摂社 四社

  沖津宮 (表津綿津神・天御中主神)、仲津宮(仲津綿津神)

  今宮神社(宇都日金析命・阿曇磯良丸はじめ神孫阿曇諸神)

  弘天神社(伊邪那岐神・伊邪那美神)
 
  大嶽神社(志那都比古神・志那都比売神・大濱宿禰・保食神)

 末社
 
  19社(志賀12社、勝馬5社、弘1社、大嶽1社)

 御由緒

  時代より「龍の都」「海神の総本社」と称えられ、

  玄界灘に臨む海上交通の要衝である

  博多湾の総鎮守として志賀島に鎮座し、

  厚く信仰されている志賀海神社は、

  伊邪那岐命の禊祓によって御出生された綿津見三神を奉際している。

  御祭神「綿津見三神」は海の底、中、表を守り給う海の主宰神

  として、

  海上交通の安全をはじめ塩・魚介類といった

  海産物の御恵をもたらす神と篤く信仰され、

  禊祓の神として不浄や災厄を祓い清め、

  さらに水と塩(潮)を支配し、

  潮の満干によって人の生死をも司るとされることから

  人の命や生活の吉兆をも左右するとされている。

  古来、綿津見三神を奉斎してきた神裔「阿曇族」は、

  志賀島を一大拠点とし、国内・大陸との交易を広く行い、

  経済的・文化的に高い氏族であった。

  その交易の足跡が対馬、兵庫、長野県安曇野市穂高、石川県志賀町、

  滋賀県安曇川、愛知県渥美半島など

  「しか」「あつみ」と称した地名に多く見られる。

  創建は明らかではないが、

  往古より勝馬に表津宮・仲津宮・沖津宮の三社で奉斎されており、

  凡そ1800年前、神功皇后の三韓出兵に際し、

  舟師を率い御舟を導き守り給うた阿曇磯良丸をして

  表津宮を当地の勝山の麓に遷座したと伝えられている。

  『三大実録』では貞観元年(859)従五位上、

  『延喜式』には明神大社に列せられ、

  神仏習合の御世では金剛山吉祥寺と称されていた。
 
  中世、元寇の役など国家の非常に際しては赫々たる御神威を顕し給い、

  尊崇も深厚を極め社殿は壮麗で末社375社、社領50石、

  奉仕する者100数10名と繁栄した。

  兵乱の世に衰微したが、豊臣秀吉の寄進や大内義隆、小早川秀秋、

  黒田長政等諸将の寄進もあり、

  今から約350年前に現在の社殿が再興、

  大正15年(1926)官幣小社に昇格している。

  神社への参詣は鹿島立(志賀島立)として

  海陸空の旅行を守られ浦参宮域は島参宮と称し、

  今なお海の守護神、禊祓の神、

  再生回帰の神として篤く信仰されている。

  神社を中心に志賀島では、御祭神が禊祓の神であるが故に、

  神事に携わる時や参詣の折は厳しく斎戒を守り続けている。

  白砂青松の海ノ中道を有し、

  マテバシイの老樹鬱蒼として古代の森と神跡を守り続けている

  この姿こそ古代から連綿と続く阿曇族の姿である。

   ちはやぶる金之三崎を過ぎぬとも吾は忘れじ牡鹿の須蕒神

  (万葉集 巻七)

   名にし負ふ龍の都のあととめて波をわけゆく海の中道(細川 幽斎)

 御神徳

  海上守護・交通安全はもとより諸厄を祓い清め、再生回帰の神として、

  災厄禊除、病気平癒、健康長寿、家内安全、

  又、その昔松浦より連れ去られた子供たちを助けられることから

  子供守護のご神徳があるとされ厚く信仰されている。

 祈願受付
 
  災厄禊除、病気平癒、健康長寿、子供の成長、

  家内安全、交通安全、海上安全などご祈願を受け付けております。

  社務所までご相談ください。

 提供: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 志賀海神社」 

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