2013年8月26日月曜日
余りにもよく似たイソップという地名
『Yahoo!天気・災害』
『出典』言語復原史学会・加治木義博大学講義録27:7頁
人は故郷を懐かしみ、誇りに思うから移住先に故郷の名をつける。
だからこそ、
こうした地名は、種子島を中心にして、九州にあった旁国などの、
どの地域の人々が移住に参加して丹波国を造り上げたか、
明瞭に話してくれるのだということがおわかり戴けたと思う。
ところが、
この丹波の地名には、
もっと遠くから来た人びとがいたという事実を
証言しているものが3か所にある。
丹波国氷上郡の「石生(いそふ)」と
但馬国七美(しとみ)郡の「射添(いそふ)」は、
両方とも同じ「伊曽布(いそふ)」という読み仮名がつけてある。
これでいくと但馬国朝来(あさこ)郡の磯部も
イソベと仮名はふってあるが、
部(ぶ)の清音は「フ」だから、
他の2つよりも「イソフ」によく合う。
これは何から来た名前だろうか?。
1593年(文禄2年)に、
天草のイエズス教会が出したローマ字書き日本語版の翻訳書は、
『伊曽保物語』という名でかなりよく知られているが、
それは
『ESOPONO FABVLAS=イソポの物語』という表題への当て字である。
その内容はよくご存知の『イソップ物語』で、
イソップとは、
esopus Αισωποσ …と書く
B.C.E.6世紀のギリシャの寓話作家である。
伊曽保はESOPOのラテン系発音=イソポへの当て字で、
イソップなら「伊曽布(いそふ)」のほうが正確である。
また例によって「まさか…?」という人もあると思うが、
これは他人の空似なのだろうか?。
《余りにもよく似たイソップという地名》
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