2012年8月7日火曜日
『日本誕生』は卑弥呼から
『特定非営利活動法人森を守る紙の会: NGO-SFP』
『出典』言語復原史学会・加治木義博大学講義録14:15頁
《『日本誕生』は卑弥呼から》
「『日本誕生』は卑弥呼から」
「巴利国」
パーリ(インド)-ハリー(アフガニスタン北西部)-パリー(インド北東部)-
パーリス州(戦前のマレー半島の州)-バリ島(インドネシア)-バリワグ(フィリピン)-
バリンタン(フィリピン北部)-パラパグ(フィリピン・サマール島)-巴利国(倭国)
では巴利国はその後どうなったか。
それがハリマと呼ばれて、今の兵庫県の西半分になったが、
それ以前にもっと大切な役割を果たしている。
マレー語でハリは日々のこと、
太陽はその目(マタ)だとみて「マタハリ」というから、
卑弥呼とは、「ピー・ミヤル・グァ」の発音どおり
沖縄語で「日見やる子→日宮后」で、
古語では日の神(ヒヌカン)=ビルカナ仏=蛭子の仏=大日如来。
これが天照大神の真意だったのである。
巴利国はハリマ=ハリミャ=日宮。
卑弥呼=日宮后とは巴利国女王という名乗りなのだ。
卑弥呼は巴利国か播磨以外の国の女王では絶対にない。
邪馬臺やヤマトどころか邪馬壹にも居るはずがない。
今の隼人町と国分市にまたがる姫木山はどうなるか。
沖縄語の「目」はミだから、
沖縄語人が「日目子」と当て字していたものを、
鹿児島人が後世にヒメコと発音して姫木(ヒメコ)を当て字に選んだのだ。
この日の神の国が、
日の国の都=日の本とよばれたのはごく自然で、
唐代までの小国・日本は、
こうして誕生したのである。
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