2012年8月6日月曜日

巴と巴利とパーリとPとポセイドン



 『出典』言語復原史学会加治木義博大学講義録14:11頁

 《巴と巴利とパーリとPとポセイドン
 「巴と巴利とパーリとPとポセイドン

 隼人町が巴利国だった多くの証拠のうち最大のものは、

 全国に3万以上ある八幡社の発祥地で、

 総本家の大隅八幡宮が現存することである。

 八幡の象徴は「三つ巴紋」で、

 巴は世界中で水神の象徴として使われているが、

 三つ巴(みつどもえ)は大海の激しい渦流を表現しており、

 中世に中国沿岸から東南アジアを荒らした

 海賊・八幡船(バハンセン)の守護神・八幡大菩薩の旗印も、

 八幡が海神だった証拠で、

 マレー語で「凶悪・無残」を

 「 jahat =ヤハト=八幡(ヤハタ)」

 「 akahia アカイヤ」などというのも

 その恥ずかしい遺物である。

 隼人族は「海幸」だから、

 中国語で海は「ハイ」、海人と書いても「ハイト」と読める。

 しかし中国の海神は陽侯だから中国系ではない。

 北京語は日本から中国東北区へ移住した古代南九州人の言語が基礎になっているから、

 巴利人から隼人、海人と進行した当て字が「海=ハイ」という発音を生んだ。

 また巴と巴利が同じ巴の字で表現され、

 パーリの頭文字Pが巴の類型なのも偶然ではない。

 古代日本の海神はポセイドンだった。

 その神名が「百済」という国名を生んだ理由は、

 沖縄ではポセイドンはフジイヅンとしか発音できないが、

 このフジが鹿児島ではホゼと変わる。

 これに対する当て字か百済(ホゼ)で、

 残りのイヅンが郡や市の名に残る「出水(イヅン)」なのである。

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