2012年8月6日月曜日
イズンの子孫地名とポセイドン信仰
『特定非営利活動法人森を守る紙の会: NGO-SFP』
『出典』言語復原史学会・加治木義博大学講義録14:12頁
《イズンの子孫地名とポセイドン信仰》
「イズンの子孫地名とポセイドン信仰」
この出水の子孫らしい地名を全国に求めると、
南から北へ次のような代表的地名が目立つ。
出水(鹿児島)、
伊都(佐賀)、
出雲(島根)、
和泉(大阪)、
伊豆(静岡)、
夷隅(イスミ)(千葉)と、
いずれも古代の国サイズの地名が揃うし、
古代日本の地名分布の原則にも完全に合うだけでなく、
全てが海に面した土地で、海神を信仰する人々の居住地ばかりであり、
さらに多くが日本武尊伝承に関係をもつので、
これらの土地は全て出水の子孫だとその相互関係を断定的に結論できる。
中でも興味深いのは出水と伊都である。
それは例の「水行十日」の出発点と到着点と考えると合理的な位置にあるから、
出水(イツン)国と伊都(イツン)国は、
ともにポセイドン信仰者らが作った港湾国だったとわかる。
また出雲との関係は『出雲神話』解明の巨大なキーになる。
大学講義録14:13頁でお話しするが、
古代の九州地域は多人種が入り交じっていて発音も統一がなく、
清音濁音の厳密な区別などもなかったから、
イヅもイツも同じ、さらにイト、イトーも同じだった。
このイト、イトーを上記の出水の子孫の間に求めると、
恰土(イト)、
到津(イトウヅ)、
糸、伊藤、伊東などがあり、
逸見、伊徳(イトミ)、伊丹などもまた、
この子孫だと考える必要がある。
過去の史学界でも、
これほど徹底してはいないがこうした事実に気づいた学者たちがいて、
関係地域の住民たちを「隼人族」と呼ぶ、
かなりの量の論説を残している。
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