2015年9月27日日曜日

邇邇芸命:木花の佐久夜毘売


 出典:歴史学講座「創世」 小嶋秋彦

 ≪アズミ族の正体≫邇邇芸命:木花の佐久夜毘売

 課題:阿曇族と天孫降臨伝承
    ―海神の宮の物語が隠している日本の創世―

 出典:「日本古典文学大系」:132~133頁
     発行:岩波書店

 於是天津日高日子番能邇邇岐能命、

 於笠沙御前、遇麗美人。

 爾問誰女、答‐白‐之、

 大山津見神之女、名神阿多都比賣、【此神名以音。】

 亦名謂木花之佐久夜毘賣。【此五字以音。】

 又問有汝之兄弟乎、

 答白我姉石長比賣在。也

 爾詔、吾欲目合汝奈何。

 答白僕不得白。僕父大山津見神将白。

 故、乞遣其父大山津見神之時、

 大歓喜而、副其姉石長比賣、

 令持百取机代之物奉出。

 故雨其姉者、因甚凶醜、見畏而返送、

 唯留其弟木花之佐久夜毘賣以、

 一宿為婚。爾大山津見神、因返石長比賣而、

 大恥、白送言、我之女二並立奉由者、

 使石長比賣者、 

 天神御子之命、雖雪零風吹、恒如石而、

 常堅不動坐。

 亦使木花之佐久夜毘賣者、如木花之栄栄坐、

 宇気比弖【自宇下四字以音】貢進。

 此令返石長比賣而、濁留木花之佐久夜毘賣。

 故、天神御子之御嘉者、木花之阿摩比能微

 【此五字以音】坐。

 故、是以至于今、天皇命等之御命不長也。

 故、後木花之佐久夜毘賣、参出白、

 妾妊身、今臨産時。

 是天神之御子、私不可産。故、請。

 爾詔、佐久夜毘賣、一宿哉妊。

 是非我子。

 必國神之子。

 爾答白、吾妊之子、若國神之子者、産不幸。

 若天神之御子者幸。

 即作無戸八尋殿、入其殿内、以土塗塞而、

 方産時、以火著其殿而産也。

 故、其火盛焼時、所生之子名、火照命

 【此者隼人阿多君之祖】

 次生子名、火須勢理命。【須勢理三字以音】

 次生子御名、火遠理命。

 亦名、天津日高日子穂穂手見命。三柱


 是(ここ)に

 天津日高日子番能邇邇岐能

 (あまつひこほこほのににぎの)命、

 笠沙(かささ)の御前(みさき)に、

 麗(うるは)しき美人(をとめ)に遇ひたまひき。

 爾に「問誰が女(むすめ)ぞ。」、

 と問ひ玉へば、答へ白ししく、

 「大山津見(おおやまつみの)神の女、

  名は神阿多都比賣(かむあたつひめ)、

 【此の神の名は音を以ゐよ。】

  亦の名は謂木花之佐久夜毘賣
 
  (このはなのさくやひめ)。

  【此の五字を音を以ゐよ。】と謂ふ。」

  とまをしき。

 又「汝(いまし)の兄弟(はらから)有ろや。」

 と問ひたまへば、

 「我が姉、石長比賣(いはながひめ)在(あ)り。」

 と答へ白しき。

 爾に詔りたまひしく、

 「吾(あれ)汝(いまし)に目合(まぐはひ)せむと

  欲(おも)ふは奈何(いか)に。」とのりたまへば、

 「僕(あ)は不得白(えまを)さじ。

  僕(あ)が父大山津見の神白さむ。」と答へ白しき。

 故、其の父大山津見のに乞ひに遣はしたまひし時、

 大(いた)く歓喜(よろこ)びて、

 其の姉石長比賣を副(そ)へ、

 百取(ももとり)の机代(つくゑしろ)の物を持たしめて、

 奉(たてまつ)り出(いだ)しき。

 故雨に其の姉は、甚凶醜(いとみにく)きに因(よ)りて、

 見畏(みかしこ)みて返し送りて、 

 唯其の弟(おと)木花之佐久夜毘賣を留めて、

 一宿(ひとよ)婚(まぐはひし)為(し)たまひき。

 爾に大山津見の神、石長比賣を返したまひきに因りて、

 大(いた)く恥ぢて、白し送りて言ひしく、

 「我が女二(ふ)たり並(なら)べて立奉

 (たてまつりし由(ゆえ)は、

  石長比賣を使はさば、天つ神の御子の命(いのち)は、

  雪零(ふ)り風吹くとも、
 
  恒(つね)に石(いは)の如くに、

  常(とき)はに堅(かき)はに動かず坐(ま)さむ。

  亦木花之佐久夜毘賣を使はさば、

  木(こ)の花の栄ゆるが如(ごと)栄え坐さむと、

  宇気比弖(うけひて)

  【宇より下の四字は音を以ゐよ。】

  貢進(たてまつ)りき。

  此(か)くて石長比賣を返さしめて、

  濁(ひとり)木花之佐久夜毘賣を留めたまひき。

  故、天つ神の御子の御嘉(みいのち)は、

  木花之阿摩比能微(あまひのみ)

  【此の五字は音を以ゐよ。】

  坐(ま)さむ。」といひき。

 故、是を以ちて今に至るまで、

 天皇命等(すめらみことたち)の

 御命(みいのち)長くまさざるなり。

 故(かれ)、

 後(のち)に木花之佐久夜毘賣、

 参出(まゐで)て白ししく、

 「妾(あ)は妊身(はら)めるを、

  今産(う)む時に臨(な)りぬ。

  是の天つ神の御子は、私(わたくし)に産むばからず。

  故(かれ)、請(まを)す。」とまをしき。

 爾に詔りたまひしく、

 「佐久夜毘賣、一宿(ひとよ)にや妊める。

  是れ我が子に非じ。必ず國つ神の子ならむ。」

 とのりたまひき。

 爾に答へ白ししく、

 「吾が妊みし子、若し國つ神の子ならば、

  産むこと幸(さち)からじ。

  若し天つ神の御子ならば、幸からむ。」

 とまをして、

 即ち戸無き八尋殿(やひろどの)を作りて、

 其の殿の内に入り、

 土を以ちて塗り塞(ふた)ぎて、

 産む時に方(あた)りて、

 火を其の殿に著けて産みき。

 故、其の火の盛(さか)りに焼(もゆ)る時に、

 生める子の名は、火照(ほでりの)命。

 【此は隼人阿多君の祖。】

 次に生める子の名は、火須勢理(ほすせりの)命。

 【須勢理の三字は音を以ゐよ】

 次に生める子の名は、火遠理(ほをりの)命。

 亦の名は、天津日高日子穂穂手見

 (あまつひこひこほほでみの)命。

 三柱

 《参考》

 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿、牛頭、空白の布幕、幕と婦人、マルタ十字紋等
 (アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている) 
  
 牛頭を象った神社建築の棟飾部

 本生図と踊子像のある石柱

 Tell Arpachiyah (Iraq)
 Tell Arpachiyah (Iraq)    
 ハラフ期の土器について
 ハブール川
 ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor
、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur
 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿
 牛頭を象った神社建築の棟飾部
 神社のルーツ
 鳥居のルーツ

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