2013年3月8日金曜日

パーリ語人ソナカらが残した現存する遺物



 『Yahoo!天気・災害』 

 『出典』言語復原史学会加治木義博大学講義録21:12頁

 《パーリ語人ソナカらが残した現存する遺物
 「パーリ語人ソナカらが残した現存する遺物

 丹波がパーリ語の地名から生まれた地名だとすると、

 他にも同じようなものがなくてはならない。

 それを宣布団のリストから拾い出してみよう。

 スバンナ=周防の国(スバゥンナ)・諏訪の国。

 ヨナカ=与那国。

 ヤナカ=柳河・谷中。

 マハーラッタ=真原田。

 アパランタカ=芦原(あはら温泉)。

 マヒサカ=舞阪(静岡県浜名郡)。

 カスミーラ=香住国(カスミーラ)(兵庫県城崎郡香住町)、霞ヶ浦。

 ガンダーラ=カンダハル=神田・上田原。

 パーリ語の発音だと、日印の地名がどれだけ近いか、

 パーリ語を話す人たちが渡来した事実がこれでよくおわかり戴けたと思う。

 その渡来者を『古事記』も記録している。

 崇神天皇の名乗りは 御真木 入日子 印恵 命 だ。

 「御=オ=ウ」「真=シン」「木=キ=王」で、「ウシンキ=牛の王」。

 朝鮮語では牛は「ソ」だから、「ソナカ=ソの人」は「牛の人」だと誤解される。

 これがソナカシチがウシキアリシチという別名をもっている理由だとわかるが、

 この名は一層よく御真木(ウシキ)入彦に合う。

 インドは発音者の言語差によって、

 sind シンド、Hind ヒンド、Ind インド と変化するが、

 日本語も発音差で

 「入り=ハイリ→アイリ→アリ」

 「ヒコ→日木=ヒキ→シチ(大隈語)」と変化する。

 だからソナカと御真木は同一人物の名乗りだったのだが、
 
 『古事記』編集者が正しく理解できずに、

 まるで別人に見えるように歴史を「創作」してしまったのである。

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