2015年5月5日火曜日

呉人と浅草(1)

 『浦和レッズレディース』
 『ひねもす至福の時』
 『湘南ベルマーレ』
 『明星院・広島県歴史&地名他』
 『広島・明星院』
 『広島・明星院』
 『My ブログ』
 《考古学&古代史の諸問題》 
 《参考:年表・資料》
 Matのジオログ
 さいたま朝日WEB
 『日本創世紀』:倭人の来歴と邪馬台国の時代小嶋秋彦
 セブンネット

 歴史学講座『創世』歴史研究家「小嶋 秋彦」:2015/01/08

 課題:浅草と墨田〔東京都〕の由来
    ―「山谷」は本来何と称すべきか―

 ≪呉人と浅草(1)≫

 〇浅草神社:東京都台東区浅草

  「社伝」推古天皇36年に檜前浜成、竹成の兄弟が

 隅田川で投網を用いて漁をしていたところ、

 網に人型像が何度か掛って上がってきた。

 そこで土師真仲知(あるいは真中知)に見せたところ、

 聖観音菩薩像と判ったので、土師真仲知が沙門に入り、

 自宅を寺として像を安置することとしたのが浅草寺で、

 後になって真仲知の子孫が夢のお告げにより、

 土師真仲知、檜前浜成、竹成を奉祀し三社権現と

 称するようになった。

 ☆土師氏は推古天皇の時代(6世紀後半)にここにいたことを

   示している。

 ☆「檜前」は奈良権高市郡明日香村檜前と同名、

  その周辺に見瀬・呉原など百済の呉人に係わる地名がある。

  また、同地区に於美阿志神社が鎮座し、

  漢人(あやびと)に係わっており、

  百済系の渡来人の足跡がある。

 『日本書紀』欽明天皇元年(539)の8月

  「秦人、漢人等諸蕃の投化せる者を召し集めて

   国郡(くにごおり)に安置し、戸籍を編貫む。

   秦人の戸数、総じて七千五十三戸。

   大蔵掾(ふびと)を以ちて、秦伴造としたまふ」

 『日本書紀』天智天皇5年(666)条

 「この冬、百済帰化人二千余人東国に遷される。」

 ☆久伊豆神社(さいたま市岩槻区宮町)の創建由来、

  欽明天皇の御代(539~571)土師氏が出雲から渡来して開創。

 ※遅くとも6世紀の前期後半には

  秦氏族は東国に移り始めていたと推測される。


 〇三社祭(5月17日・18日/第3日曜日)神輿渡御 

  輿(こし):כֶסתֶל,KISTL,kestel,箱 (Grk.)Kasten

  掛け声「ソイ、ヤー、ソイ、ヤー」

  סִַ יַה,SI YH,sai yah,「行け神よ」 

  ※<ヨシュア記第3章>ヨルダン川を渡る

 3:1 ヨシュアは、朝早く起き、

   イスラエルの人々すべてと共にシティムを出発し、

   ヨルダン川の岸に着いたが、川を渡る前に、そこで野営した。

 3:2 三日たってから、民の役人は宿営の中を巡り、

 3:3 民に命じた。

   「あなたたちは、あなたたちの神、

   主の契約の箱をレビ人の祭司たちが担ぐのを見たなら、

   今いる所をたって、その後に続け。

 3:4 契約の箱との間には約二千アンマの距離をとり、

   それ以上近寄ってはならない。

   そうすれば、これまで一度も通ったことのない道であるが、

   あなたたちの行くべき道は分かる。」

 3:5 ヨシュアは民に言った。

  「自分自身を聖別せよ。

  主は明日、あなたたちの中に驚くべきことを行われる。」

 3:6 ヨシュアが祭司たちに、

   「契約の箱を担ぎ、民の先に立って、川を渡れ」と命じると、

   彼らは契約の箱を担ぎ、民の先に立って進んだ。

 3:7 主はヨシュアに言われた。

   「今日から、全イスラエの見ている前であなたを大いなる者にする。

   そして、わたしがモーセと共にいたように、

   あなたと共にいることを、すべての者に知らせる。

 3:8 あなたは、契約の箱を担祭司たちに、

   ヨルダン川の水際に着いたら、

   ヨルダン川の中に立ち止まれと命じなさい。」

 3:9 ヨシュアはイスラエルの人々に、

   「ここに来て、あなたたちの神、主の言葉を聞け」と命じ、

 3:10 こう言った。

   「生ける神があなたたちの間におられて、

   カナン人、ヘト人、ヒビ人、ペリジ人、ギルガシ人、アモリ人、

   エブス人をあなたたちの前から完全に追い払ってくださることは、

   次のことで分かる。

 3:11 見よ、

   全地の主の契約の箱があなたたちの先に立って

   ヨルダン川を渡って行く。

 3:12 今、イスラエルの各部族から一人ずつ、計十二人を選び出せ。

 3:13 全地の主である主の箱を担ぐ祭司たちの足が

   ヨルダン川の水に入ると、川上から流れてくる水がせき止められ、

   ヨルダン川の水は、壁のように立つであろう。」

 3:14 ヨルダン川を渡るため、民が天幕を後にしたとき、

   契約の箱を担いだ祭司たちは、民の先頭に立ち、

 3:15 ヨルダン川に達した。春の刈り入れの時期で、

   ヨルダン川の水は堤を越えんばかりに満ちていたが、

   箱を担ぐ祭司たちの足が水際に浸ると、

 3:16 川上から流れてくる水は、

   はるか遠くのツァレタンの隣町アダムで壁のように立った。

   そのため、アラバの海すなわち塩の海に流れ込む水は全く断たれ、

   民はエリコに向かって渡ることができた。

 3:17 主の契約の箱を担いだ祭司たちが

   ヨルダン川の真ん中の干上がった川床に立ち止まっているうちに、

   全イスラエルは干上がった川床を渡り、

   民はすべてヨルダン川を渡り終わった。

《参考》

 ARPACHIYAH 1976

 高床式神殿、牛頭、空白の布幕、幕と婦人、マルタ十字紋等

 牛頭を象った神社建築の棟飾部

 本生図と踊子像のある石柱

 Tell Arpachiyah (Iraq)
 Tell Arpachiyah (Iraq)  
 ハラフ期の土器について
 ハブール川
 ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor
、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur
 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿
 牛頭を象った神社建築の棟飾部
 神社のルーツ
 鳥居のルーツ

0 件のコメント:

コメントを投稿