2012年5月25日金曜日
天狗までが立証する大化大戦の史実
『出典』言語復原史学会・加治木義博大学講義録11:19~20頁
《天狗までが立証する大化大戦の史実》
「天狗までが立証する大化大戦の史実」
この「鹿児之国(しま)」が
後世にカゴシマと呼ばれるようになってから鹿児島と書かれ、
千穂も狗奴国王・位宮らの都跡だから、
高族を意味する「高」を冠して高千穂と呼ばれた。
滋賀県の近江は、
天智天皇が都を開いたとき以後のもので、
鹿=志賀という地名も、
そのキンコウの名と一緒に移動していることを忘れてはならない。
比良も枚であり新羅である。
このキンは沖縄語ではチン・ティンで、
天智天皇の名乗り「天命開別」の天と同じもの。
天は大天=ウチナー=沖縄。
命は沖縄語でミー、これは旁国・弥奴国のミー。
開はヒラキで枚開=ヒラキッ=新羅。
別は沖縄発音ビチで、
大隅語の日木=ビキ=ビコ=彦から変わった当て字である。
「キン・コウ」とは、
沖縄と高族という意味の大隅発音なのである。
それは沖縄発音だと「ティン・グ」だから、
「天狗」という当て字の正体なのだ。
大津市坂本の日吉神社の主祭神は猿田彦の大神で、
いうまでもなく天狗そのものである。
この神は貝に殺されて乗船の柁(かじ)だけが
鹿児島県加治木町へ戻り着き、芽がでて大木になった。
だからカジが木になった町=加治木なのだという地名説話が
『加治木故老物語』という文献に収録されている。
これで鹿児島湾がなぜキンコウ湾なのかよくわかる。
天智天皇の日本国がどこから畿内に攻めこんだかも、
明瞭に眼に見えるようにおわかりのはずである。
高族は中近東出身の鼻の高い人々で、
沖縄経由でそのあと入ってきたギリシャ系の人々の濃厚な血も混じっていることは、
度々お話しするがその町出身の大相撲の寺尾関や吉永小百合さんの容貌や、
その付近の出身のスターたちの顔立ちが充分立証している。
天狗の面の容貌はインドネシア彫刻の大きな影響で、
極端にデフォルメされ過ぎているが、
それでもなお私たちの祖先の史実を伝え続けている証拠価値は高い。
近江がオーミと発音されるのは、
そこが天武天皇に占領されて天皇の本名である大海皇子の大海で呼ばれ、
その発音が大海=オーミと呼ばれていたので
「近江という漢字」にはそれまで全然なかった特殊な発音でオーミと
発音されることになったのである。
大海はオーアマとも読まれるが、
それは淡=オー・オホ、海=ミ・アマと書かれ、
天武天皇の直系である
淡海三船(アフミノミフネ・オーミノミフネ)の新しい姓を
生んだことでもわかるように、
彼らの故郷=出身地が、神話の淡島、
すなわち奄美大島だったことと、
海の発音の「ウミ」は、
沖縄語の「ウフ=大、ビー=水」が、
大隅で「ウミ」と変化したもので、
その水はインド語で「アクァ=アカ」と呼ばれて、
南の色「赤」の日本語の発音と一致すること、
その南をアカと発音することは、
古代ギリシャの南方地域を
アカイヤと呼んだことともまた一致する事実が、
インド~アーリア語の移動と伝播の謎解きを、
飛躍的に前進させた事実なども、
この地名には大量に絡んでくるが、
語源論に脱線するので割愛しよう。
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