2012年5月27日日曜日
巳百支は崇神天皇の名乗りに一致
『出典』言語復原史学会・加治木義博大学講義録11:25頁
《巳百支は崇神天皇の名乗りに一致》
「巳百支は崇神天皇の名乗りに一致」
次の「巳百支 mieg bak tieg 」は
ミェバチ、ミバチ、ミバキといった音で読める。
すると沖縄発音のバは馬・麼の例でよくわかるように、
大隅発音ではマだから「ミマキ」で、
崇神天皇の名乗りと同じになる。
ミマキは
『日本書紀』御間城、
『古事記』御真木と書く。
崇神朝は瑞籬(みずがき)朝だったからというのではないが、
これに一致する国造は、
国造本紀との対比表で巳百支と対比した「神野国造」である。
なぜこの神野が一致するのか?。
奈良県天理市の「大神神社」はオオミワ神社と発音する。
神はミワなのである。
だから神野は「ミワの」であり、
この助詞の「の」を、
助詞の「津」に置きかえると「神津」、
津は沖縄発音チだからミワチ。
これはミバチに対する当て字から容易に生まれる。
水鉢をミバチと読む人と、ミハチと読む人があり、
ミハチをミワチと発音する人があるからだ。
この国造名は、
敗者卑弥呼政権の男弟・崇神天皇の名乗りを消す目的で、
わかり難い当て字を使ったのである。
ミマキに合う地名は
愛媛県に三間、
熊本県に水俣、
宮崎県に三股があるが、
それらは沖縄~大隅発音のミマチのチに都の字を当てたため、
あとでミマタと読みがかわったことがわかるから、
崇神天皇朝が鹿児島政権だったことと、
原音を残していることで、
3世紀当時の芳国・巳百支は三股か水俣のどちらかである。
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