2014年3月10日月曜日

九州と同じ地名の多い旧・高句麗の郡県名


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 『出典』言語復原史学会加治木義博大学講義録33:22頁

 こうした「景徳王改名」の数は140州郡に及んでいる。

 これで新羅が飛鳥時代に倭国から分離したことをご納得戴いたと思うが、

 高句麗と百済もまた、

 それが日本語だったとわかる地名をもっていたから、

 新羅が前記のように半島統一後に改名したのである。

 ついでにそれも見ておこう。

 同じ『三国史記』 「地理二」の高句麗を見ると、

 「巨悉県 本 高句麗 駒城県 景徳王改名」こ

 「コシツ、もと高句麗のコマキ(小牧)県だ」ということだが、

 そのコシツも「高志津(こしつ)・越津(こしつ)」という日本語への当て字で、

 これまたかえって景徳王改名の馬脚を現わしている。

 景徳王は旧高句麗の148もの州・郡・県を改名しているのである。

 それらの旧名を少し挙げておこう。

 陰城県←仍忽(ナカツ)県。

 介山県←皆次山(カジャマ)県。

 陰竹県←奴音竹(ナヨタケ)県。

 穀壌熟←仍伐奴(ヨキノ)県。

 このヨキノという地名は、

 今も種子島の西之表市の南西に「能野(よきの)」がある。

 荒壊県←骨衣奴(ゴイノ)県。

 これも旁国「呼邑」の鹿児島市「五位野」がある。

 波平県←波害平吏(ナミガヘリ=波返り)県。

 高烽県←達乙省(タッセ=田布施)県。

 鉄城県←鉄円(カネマル)県。

 功成県←功木達(クキタ=久木田)県。

 兎山(トヤマ)県←烏斯含達(ウシガタ=牛潟・ウスガタ=臼型県)。

 長端(たん)県←長浅城(ナガサキ)県。

 《九州と同じ地名の多い旧・高句麗の郡県名
 「九州と同じ地名の多い旧・高句麗の郡県名

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