2013年1月21日月曜日
パーリ語名を強力に立証する鬼と支惟
『Yahoo!天気・災害』
『出典』言語復原史学会・加治木義博大学講義録19:29頁
《パーリ語名を強力に立証する鬼と支惟》
「パーリ語名を強力に立証する鬼と支惟」
「鬼」
この漢魏音の kiweg だけでなく国を意味するラがつくと、
kuvera クウェラへの当て字として合う。
これは仏法四天王の一人「多聞天(タモンテン)」で北方の守護神だから、
卑弥呼女王国の最北端=熊本県に属する球磨地方にある旁国の名とし、
地理的にも納得がいく。
当時の国名が仏教に基づいてパーリ語で命名されていた事実を、
最も強く立証する名の1つである。
「鬼奴」
これを今度は語源のパーリ語の側から検討してみると、
「鬼」の語尾に「-nu =知っている、知者」がついたものである。
今、鹿児島県姶良郡にある栗野(クイヌ)町は
球磨地方に通じる適格の鹿児島県側の最北部にあった旁国である。
多聞天国への道をよく知る人々の国だけでなく、
北方の守護をよく理解している人々の国という意味でもあったことになる。
これらや支惟の国名などが、
卑弥呼仏教女王時代にギリシャ語名を手直しして、
パーリ語名に換えた事実と、
だから発音が唐代の漢字音「クゥエヌ」に合うのだということがよくわかる。
「邪馬」
この発音はギリシャ、パーリ、マレーの3語に、みなよく合っている。
しかし屋久島北半分の国だった事実と、
「焼く」と「屋久」という島名は決して無関係ではありえない。
これは卑弥呼当時まではマレー語人の国だったが、
パーリ語を知る人々がそれを「焼く」と解釈したために、
後世に「ヤク島」という名を生み出した可能性が充分ある。
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