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『日本創世紀』:倭人の来歴と邪馬台国の時代小嶋秋彦
セブンネット
※出典: 『日本創世紀』:倭人の来歴と邪馬台国の時代小嶋秋彦 195~196頁
≪アズミ族の正体≫①諏訪〔長野県〕
この二つの漢字で
「スワ」を表記するようになったのはそう古いことではない。
その字義は
「言葉を受け取ったり放ったり」で「会話」「相談」である。
シュメル語で
それを sa-bal〔真中・交わる〕の「交換する」の概念である。
ただし、『古事記』に「須波」とあるのは
サンスクリット語の svar〔suvar:天〕に依る。
諏訪湖から流れ出す天竜川名は、その「天」に依る。
和名類聚抄信濃国諏訪郡の郷名「土武」は
シュメル語の dum〔大工〕また「佐補」 は
同 za-ab〔地下水〕に依る。
前者は諏訪大社の最古の奉祭氏族「守屋」「守宅」と表記される
mar-e〔作る-神殿〕名であり、
「千勝、千鹿頭」 は the-du〔柱・建てる〕で
同大社の大祭「御柱祭り」の起源名である。
また主要氏族名「神氏」の「ジン」は
gin 及び茅野市名の「チノ」 tun と同一で
双方とも「斧」を基としている。
古代においては大工の最も重要で技術のいる道具であった。
漢字「茅野」は「茅」が「葦」で
「葦野」は ki-en-gi〔土地-の-葦〕とした
シュメルの古代名で同地に「葦原」の人たちが
移転してきたことを示している。
また後者の郷名「佐補」は
諏訪市内の「有賀:アルカ」が ar-ka〔地面を掘る-口〕で
「井戸を掘る」を意味する。
因みにそこの地名「県:アガタ」は
サンスクリット語の agada で「井、泉」である。
「蟻」を「アリ」というのは彼等が地面に穴を掘るからである。
「モリヤ」を「洩矢」とする理由は mar-e〔作る-井・泉〕に依る。
「洩」は「水が湧き出る」の意義である。
その洩矢氏が大事にしてきた秘法のうちに
「蟇目神事法」 なるものがある。
春の初め、諏訪大社上社近くの川床の地中から
冬眠中の「蛙」を獲ってきて神に奉るという神事である。
「蟇目」とは「蟇蛙」のことで、
あのアプカッルあるいはアダハ名に係り、
諏訪の一族はメソポタミアに関係している。
茅野市内に「阿久」との地称があるが、
これは uh〔蛙〕の音写である。
阿久遺跡からはその蛙の意匠をつけた縄文土器が出土している。
つまりシュメルの人々がここに入ってきたのは
紀元前縄文時代晩期の終末期といえる。
郷土史研究家の藤森成吉氏が
縄文期に農業があったとの見解を発表されているが、
多分その渡来して来た人々によって
栗などを意図して植え始めたものと推測される。
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