2013年10月14日月曜日
『日本書紀』『一書』追加は691年8月以降
『Yahoo!天気・災害』
『出典』言語復原史学会・加治木義博大学講義録28:28頁
この顔ぶれから『三輪山伝承』群を『記・紀』に入れたのは誰かもわかる。
その姓氏からみても、
大三輪氏らが持っていた伝承であることは考えるまでもない。
すると持統天皇が、その5年(691年)8月に
『十八氏纂記』を提出させたという記事で、
それが追加された時期が明確にわかるだけでなく、
挿入した本が『日本書紀』だったことも確認できる。
「3貴子生み」は『古事記』には「3貴子生み」だけ、
それは『日本書紀』では、
1つの一書だけ、
生きた伊弉冉尊が2貴子しか生まない話の一書が多数。
これで『古事記』が大三輪氏ら倭王の子孫のもの、
また『日本書紀』の書く日本を全て「倭」と書き改めているので、
「倭人」の史書だったことが、日本と倭との使い分け以外からも、
より詳細より鮮明に確認できる。
『古事記』は天武天皇の作品。
太安萬侶の序文は本物。
『古事記』は『偽書』ではないということとと、
『日本書紀』は持統天皇以後の天智天皇派が、
富本銭(ふほんせん)と同様、
『古事記』と倭国の痕跡を抹殺することに、
神経を集中していた事実の証拠品なのである。
『日本書紀』『一書』追加は691年8月以降
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2013年10月13日日曜日
『十八氏纂記』を提出した人々(倭国出身)の歴史
『Yahoo!天気・災害』
『出典』言語復原史学会・加治木義博大学講義録28:27頁
十八氏の顔ぶれ わかっている関連事項 ※十八氏の出身は「倭国」
大三輪 おおみわ 倭迹迹日百襲姫と 雄略皇后の箸墓などの三輪山伝承
雀部 さざきべ 仁徳天皇の名 大雀
石上 いそのかみ イソンカン イスケンダル 五十狭芹彦 卑弥呼の一族
藤原 ふじわら 百済倭国(フジワラ)
石川 いしかわ 石(ソ)川(ガ)への当て字 蘇我氏 ソナカ
巨勢 こせ 膳部 かしわで
春日 かすが 藤原氏の氏神
上毛野 かみつけの 上州=栃木 都市牛(トチギ)利 卑弥呼の一族
大伴 おおとも 仲哀天皇の大夫・大伴武以の子孫 発音は「大倭(ウハン)の」
紀伊ノ き 倭の五王の一人、倭王・珍の名乗り(キノは沖縄語でチヌ・チン)
平群 へぐり 羽田氏の名。仁徳天皇の一族
阿部 あべ 『隋書』の宇和島時代の天皇・阿毎(アメ=南九州、アベ=沖縄発音)
佐伯 さへき 「載斯烏越=太子淤斯呂(オシロ)=景行天皇」の皇子・倭建命の子孫
采女 うねめ 倭国時代の推古~舒明天皇の重臣
穂積 ほづみ 百済の読み変えへの当て字
阿曇 あづみ 景行天皇の臣・阿曇連百足の子孫
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2013年10月12日土曜日
『一書』の証言『日本書紀』は天武製ではない
『Yahoo!天気・災害』
『出典』言語復原史学会・加治木義博大学講義録28:26頁
こうして事実が明らかになると、
天武天皇が唐向けの威嚇用歴史書として企画したものと、
今みる『日本書紀』との間にはかなりの違いがあることが見えてくる。
なぜなら天武天皇は「唐向け」に編集させたはずなのに、
そこには多数の『一書』が入っている。
唐向けなら、その歴史の内容はあいまいでなく、
しっかりした権威のあるものにしなければならないから、
確固とした一つの記事だけを書いた
「決定的な史書」にすることが至上命令なのである。
それなのに現実の『日本書紀』には多数の『一書』が並べられていて、
「どれが本当だか、わからない」という実に頼りないものになっている。
現在残っている『日本書紀』は天武天皇が編纂させたものではない。
しかしその内容は、神話部分以外には『一書』はなく、天武企画に合っている。
これは誰かが、もとの本に手をいれて、
編集し直させたものであることは疑いない。
一体?誰が?そんなことを、いっ?したのであろうか…。
その答は明瞭に記録に残っている。
持統天皇5年8月に大三輪(おおみわ)ら十八氏に、
彼等が先祖代々伝えてきた家伝の古記録、
いま私たちが
『十八氏纂記(つぎぶみ)』と呼んでいるものを提出させたという
『日本書紀』の記事によって、
それらが天武天皇の死後に持続天皇の勅命によって、
『日本書紀』の神話部分に、
『一書』として追加編集された真相がわかるのである。
『一書』の証言『日本書紀』は天武製ではない
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2013年10月11日金曜日
謎の旧官幣大杜・伊弉諾神社の祭神
『Yahoo!天気・災害』
『出典』言語復原史学会・加治木義博大学講義録28:25頁
こうみてくると、
このミヅハノメ=ミヅチは、
先に見た箸基(はしばか)伝説の倭迹迹日百襲姫の小蛇や
「三輪山伝承」群の蛇神、
その根源である「漲(ハリ)水岳伝説」に結びつき、
その名から「巴利と水」=海人(ハイト)=隼人、
海神国→豊玉姫と山幸→竜宮=琉球、
水の国=水間(みづま)=海人国=種子島、
さらに丹児(じ)、淡(たん)路、多遅比(たじい)、田尻へと、
果てしもなく繋がって行く。
その淡路(あわじ)島に旧官幣大社・伊弉諾神社がある。
そこに祭られているのは歴代のイザナキの尊のうちの一人、
現実にこの島を支配した天皇なのか?、
それとも全部なのか?。
一天皇だとすれば、その位置から考えて、
倭・讃岐(オオサザキまたはイサナキ)の尊=仁徳天皇だということになる。
だが、仁徳天皇の墓は大阪府堺市にある大仙(だいせん)陵で、
ギゼーのピラミッドよりはるかに大きい世界最大の墓である。
前方後円墳は須弥山(しゅみせん)をかたどった仏教遺跡だから、
廃仏棄釈の明治以後は別だが、
仏教徒の仁徳天皇たちを、神として祭ることは絶対にない。
『延喜式(えんぎしき)』にも「播磨国五十座」の中になく、
揖保(いぼ)郡に阿波遅(アハチ)神社があるだけである。
それはまた奈良時代以後の朝廷は、
仁徳天皇系人々を忌み嫌って、
官職にも就けないことが、
当時の官吏名簿であり紳士録だった
『新撰姓氏録(しんせんしょうじろく)』を詳しく検討すれば、
明瞭に読み取れる。
このことからも伊弉諾神社の祭神は仁徳天皇ではない。
と断言できる。
謎の旧官幣大杜・伊弉諾神社の祭神
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2013年10月10日木曜日
古代人の「ミヅハノメの神」観
『Yahoo!天気・災害』
『出典』言語復原史学会・加治木義博大学講義録28:24頁
『古事記』の筆者は、
ギリシャ神話をよく知っていたから、
それを現実の歴史に重ねて、
うまく神話化して後世に残した。
それは永く解明されることなく真相は闇に埋もれていたが、
今ようやく光の中に姿をあらわした。
それがこの講義録によって、
世界の史学者にさきがけた御教養になったことは、
たゆまぬご精進の成果であって、
御同慶の至りに存じている。
では本題に戻って、
ミヅハノメ、イヅノメが、
どういう意味をもっていたか?みてみよう。
ミヅハノメは尿から生まれる。
尿は古代人にとっては「水+?何か」であった。
その何かとは、
当時の人々の経済基盤が農耕だったことを考えると、
尿は貴重な肥料であって、
現在の私たちがもっている価値観とは正反対に、
植物に生命を与え、穀物を実らせ、
私たちの生命を守る「神=生命の源」だったのである。
「尿に成る神」をオカシく感じる人は、
私たちが古代史を検討していることを、
無意識のうちに忘れているのだと、気付く必要がある。
古代人はまた、それと精液の区別がつかなかったから、
それが母の体内に入れば人間の子供になるが、
野原では何になるか?
と思いめぐらせたとき、
考えられたのは蛇である。
その姿や動きが流れる水に似ているだけでなく、
水中には
その仲間のウナギやドジョウやアナゴ、ハモや太刀魚、海蛇がいる。
蛇や竜の仲間が水神とされたのは当然のことだったのである。
古代人の「ミヅハノメの神」観
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天皇の世襲名だったイサナキの名乗り
『Yahoo!天気・災害』
『出典』言語復原史学会・加治木義博大学講義録28:23頁
履中天皇が『魏書倭人章』の
「伊声耆(イサヌギ)」の後継者だったことが明らかになると、
卑弥呼の父の伊是名王(イジナチ)=イザナキを始め、
卑弥呼時代のイサナギ=伊声耆(イサンギ)=伊佐(イサ)ン王(ギ)、
そしてこの履中天皇の伊耶ナ木=イザナキと、
地域が変わったことで訛りが少しづづ違ってきているが、
本質的には同じ名乗りをもった複数の皇族がいたことが、
間違いないことがわかった。
履中天皇のそれは、どこの地名なのであろうか?。
履中天皇の先代、倭王・讃=仁徳天皇の名乗りがヒントだ。
なぜならその名乗りは先にも見た通り
「大鶺鷯(オオサザキ)・大雀(オオサザキ)」で、
どちらも「オオサザキ」と読んできたが、
オオは阿波(あわ)・淡で、
サザキは讃岐(さぬき)を指していた。
しかしさらに考えを進めると、
オオは倭でもある。
これを代入すると「倭・讃岐」で
倭の古音は「イ」だからイサヌキ。
履中天皇はこの領土にワキ=和泉と紀州を加えたものである。
ここまでわかると、
これらの名乗りは地名の組み合わせが偶然、
よく似たものではなく、
名乗りの方が先にあって、
その王が占領した土地が「イサナキ国」と呼ばれたものが、
後世その歴史がわからなくなって、
地名のほうが先にあって、
それを重ねて名乗りに使ったように見えただけだとわかる。
倭の五王の讃・珍・武という名乗りは、
そのままで首都の移動先を教えてくれるが、
『記・紀』の名乗りの方は、
こんな謎解きが必要だったのである。
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2013年10月8日火曜日
さらに解けた『古事記』編纂への疑問
『Yahoo!天気・災害』
『出典』言語復原史学会・加治木義博大学講義録28:21頁
アフロディテは海で生まれたからすぐわかるようにポセイドン一族である。
ポセイドンは、
日本では、履中天皇の時代には百済和泉(ホセイドン)である。
この名乗りは履中天阜=倭王・珍を指している。
とすればアフロディテは履中天皇の皇女である。
皇女は二人で姉が「青海皇女」妹が「中磯産女」と、
どちらも海に縁のある名である。
このうち「青海」は発音が「アフミ」
後世に天皇の漢風諡号(おくりな)をつけた
「淡海(あふみ)の三船(みふね)」の姓も「アフミ」だから、
「青海皇女」とは当て字がいろいろあった中のひとつで、
意味は「淡の女王(ミ)、阿波の女王(ミ)、泡の女王(ミ)」ということになる。
現実には「アフロディテ姫」と呼ばれていた可能性もある。
これで『古事記』が、なぜ?、
沫那芸(アワナキ)、沫那美(アワナミ)の神を書いているのか、
その目的がわかる。
彼等は単なる自然神ではなく、
本当は現実に倭国を支配していた皇族たちだったのである。
しかし倭国を滅ぼした日本国政権は、
旧倭国の皇族たちを祭らない。
『古事記』はその人々を「神」として「国生み、神生み」の中へ、
そろりと仮名で挿しこんだのである。
それも本来は倭国は聖徳太子でわかるように仏教徒だから、
「戒名(かいみょう)」でなければいけないのだが、
それでは神道の日本国政権に抹殺されるから、
わざわざ「神」として神話形式で挿入したのだ。
『古事記』とは何のための本だったか、
これで一層深く疑いなくわかった。
さらに解けた『古事記』編纂への疑問
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