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『My ブログ』
《考古学&古代史の諸問題》
《参考:年表・資料》
《課題》江戸の古代を解明する
―地名が語る愛宕山、六本木周辺の始まり―
※出典:歴史学講座「創世」 小嶋秋彦
≪草加・江戸・品川≫
《草加"そうか" なぜ「クサカ」といわないのか。》
旧足立郡のうち、足立神社(さいたま市浦和区上木崎5丁目24-3)
祭神:猿田彦神、天鈿女命他
○猿田彦命 草加神社(草加市氷川町827-1-2)の配祀神、
同神は現在の神名町辺りに祀られていた(住職)
稲荷神社(草加市稲荷町)
○浅古氏姓(草加市内の旧家) 奈良県桜井市の地区名浅古と同じ、
朝倉も同根
※「ソウカ」:釈加(釈・帝釈): śakra インドラ神の別称
○庄和町(埼玉県北葛飾郡):釈加 śakra
桜井、(現)柳(上・下)、金崎、米島辺りの地名
天神社(金崎)
○総和町(茨城県猿島郡):釈加 śakra
釈迦(町内の地名。この表記は仏教の祖ゴータマ・ブッタに
与えられた呼称ながら釈加[インドラ神]のこと)
磯部(町内の地名)「イソベ」 isvara 「天界の主」インドラ神の呼称
《江戸・大江戸》
大江戸: mah-endra インドラ神の呼称「大インドラ神」
maha :大
江戸: -endra: indra
○桜田郷 (現)内幸町から永田町辺り、桜田門、桜田通り
「和名類聚抄」荏原郡桜田郷
桜田神社(港区麻布3丁目2-17、旧称霞山稲荷神社)
(現)祭神:豊宇迦能賣大神
治承4年(1180年)の伝承に狐のお告げというものがあり、
ここに稲荷信仰があったことがわかる。
霞ヶ関桜田門外に社を建てた。
稲荷大社(京都市伏見区)の祭神は猿田彦神である。
桜: śakra インドラ神 〔桜木神社(千葉県野田市桜台)稲荷神社〕
aindra インドラ神の方向、東
○江戸「武蔵国豊島郡江戸之内前嶋村」
弘長元年(1261年)10月21日付平長重書状
「江戸郷柴崎村」弘長4年(1264年)4月15日付平重政譲状
《品川》
荏原郡 新編武蔵国風土記稿」 荏(ゴマ)の繁茂する所
荏胡麻の種は搾って油を作る。
(Sk.) taila 油 (インドの医方明の四種の含消薬の1つ)
平塚(品川区内の地名) taila
大崎(品川区内の地名) (Sk.) auṣṭrika 搾油者 aus-ka
○品川郷 平安末期からの地名
品川(区名) (Sk.) sneha 油脂(油を含むもの、脂肪の多いもの)
(Sk.) snehavat 脂肪の多い、油でぬるぬるする
○御田郷 「ミタ」 (Sk.) meda,medas 脂肪、肥満
三田(現)、實多、美田、美多、弥陀
《参考》
ARPACHIYAH 1976
高床式神殿、牛頭、空白の布幕、幕と婦人、マルタ十字紋等
牛頭を象った神社建築の棟飾部
本生図と踊子像のある石柱
Tell Arpachiyah (Iraq)
Tell Arpachiyah (Iraq)
ハラフ期の土器について
ハブール川
ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor
、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur
ARPACHIYAH 1976
高床式神殿
牛頭を象った神社建築の棟飾部
神社のルーツ
鳥居のルーツ
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