『浦和レッズレディース』 猶本光サポーターズサイト
『浦和レッズ』
『ひねもす至福の時』
『誕生日の花と花ことば』
『湘南ベルマーレ』サンフレッチェ広島
《明星院・広島県(歴史&地名)他》
『広島・明星院』
『広島・明星院』
『madiのブログ』
『My ブログ』
《考古学&古代史の諸問題》
《参考:年表・資料》
Matのジオログ
さいたま朝日WEB
『日本創世紀』:倭人の来歴と邪馬台国の時代小嶋秋彦
セブンネット
出典:歴史学講座「創世」 小嶋秋彦
≪紀伊国・海部郡・加太神社・淡島神社≫
「延喜式」神名帳 紀伊国名草郡加太神社「カタノ」
「和名類聚抄」紀伊国海部郡 賀太
「全国神社名鑑」和歌山県
淡島神社〔和歌山市加太〕「あわしま」
祭神:少彦名命、大己貴命、(相殿)息長足姫命
粟島神社〔海草郡下津町方〕祭神:少彦名命
「和歌山市都市地図」和歌山県
淡島神社〔和歌山市加太地区〕
沖合に地ノ島、沖ノ島、神島
粟嶋神社〔海草郡下津町〕沖合湾外に地ノ島、沖ノ島
◎淡島・粟嶋「アワシマ」
(Heb.),ִַוַתסֶמַה,IVTsMA,iavatsemah
栄光、誉れ、力、勢い、強さ
(Heb.),ָתסֶמַה,ITSMH,otsemah
同義:大隅国〔鹿児島県の郡・半島名〕
※「アワシマ」は「オウスミ:大隅」と語源は同じ。
和歌山の「アワシマ」は鹿児島県の「大隅」から
移動して来た人々が造成した文化圏であることを示す。
◎加太・方「カタ」
(Heb.),כֶתַֻ,KTV,ketau 字、文字、筆
※石板に刻まれた「十戒」を表わす文字
宮崎県日南市の地名「方」に対応する
〇粟嶋神社〔海草郡下津町方〕の社伝
"往古、神が下津の硯浦に漂着した”
※この祭神「少彦名命」が海の外から
漂着(渡来)して来たことを伝えている。
淡島神社の創始伝承〔日本の神々〕
"淡島様は天照大神の第六番目の姫君であり、
十六歳で住吉名神の后になったが、
下の病に罹ったため綾の巻物、十二の楽器と
一緒にウツロ船に乗せられて堺の浜から流され、
あくる年の3月3日に加太の淡島流れ着いた。
※この挿話は後追いの作り話であることが覗える。
よって
下津町の粟嶋神社が先に鎮座した祭祠とみる方が妥当。
同社伝の続き〔日本の神々〕
硯浦に漂着した時、村民の二十一家が奉って森へ
鎮め祀り、以来この二十一家が当屋制によって祭祀し、
後亀山天皇の文永年間(1264~75)に
今の宮の谷の社地へ遷し祀ったという。
丁:ドウ「ヨウ」
(Heb.),יִַַר,YIR,yaiar 森、森林
※漂着後直ちに祭られた所
上:かみ「カミ」
(Heb.),כָמֶר,KMR,komer 司祭、祭司
※「加茂郷」の「カモ」と同根
「下」(地区名)も「カ」という
黒田:くろだ「クロタ」
(Heb.),כהַרַת,KhRT,kharat
(金属や石に)刻む、(文字を)彫り込み
※方〔カタ:文字、筆跡〕に対応する用語
石板に彫り込まれた十戒の文字
小原「オハラ」
(Heb.),ָהֶל,AHL,ohel 幕屋、天幕
※十戒石を納めた移動式聖所
雑賀「ゾウガ」〔和歌山市下津町とは和歌浦湾を挟んだ対岸〕
(Heb.),זֻג,ZVG,zug 一対、
2つ一組(のもの)、二枚の十戒石(石板は二枚で1組)
名草郡「ナクサ」〔延喜式、和名類聚抄に載る郡名、
(現)和歌山市名草、和歌浦湾の底部〕
(Heb.),נֶכהֶס,NKhS,nekhes 貴重品、富、財産
※十戒石(二枚)を指す。
◎女性の信仰
〔淡島神社の創始伝承:下の病、神功皇后の御産〕
雑賀「ゾウガ」の字義は"二枚1組のもの"であった。
がこれとよく似た用語ある。=(Heb.),זֻג,ZUG,zug
「ゾウガ」(Heb.),זֻגַֻה,ZVGH,zuguah 妻
※「和名類聚抄」名草郡の郷名に「津摩」とある。
丸田〔下津町〕「マルダ」
(Heb.),מִילֶד,MYLD,miyled 産科医
※神功皇后の御産伝承に対応する。
◎この地域では塩焼き〔海水をたいて食塩を生産する〕
塩津〔下津町の和歌浦湾沿い〕
女良〔下津町大崎にある地区名〕
「メラ」(Heb.),מֶלַכה,MRKh,melakh 塩、食塩
◎小畑〔下津町小原の東隣り〕
「オハタ」(Heb.),הֶד,AVHD,ohed 共鳴者、賛同者
◎奉祭家:粟嶋神社社伝〔日本の神々〕当屋制の二十一家
下津の硯浦に漂着したとき、
村民の二十一家が奉って森へ鎮め祀り、
以来この二十一家が当屋制によって祭祀し、~
「二十一」は大洗磯前神社の創始伝承〔文徳実録〕に
載る「二十余の小石」に対応する。
「二十余」はユダ族がバビロン捕囚から解放されて、
エルサレムに帰還した際の支族数に相当する。
「ネヘミヤ記」
7:6
捕らえ移された先から上って来たこの州の人々は、
次のとおりである。
彼らは、
バビロンの王ネブカドネツァルによって連行されたが、
それぞれエルサレムとユダにある
自分の町に帰ったものである。
7:7
彼らはゼルバベル、イエシュア、ネヘムヤ、アザルヤ、
ラアムヤ、ナハマニ、モルドカイ、ビルシャン、
ミスペレト、ビグワイ、ネフム、バアナと共に帰って来た。
7:8
パルオシュの一族二千百七十二人、
7:9
シェファトヤの一族三百七十二人、
7:10
アラの一族六百五十二人、
7:11
パハト・モアブの一族、
すなわちイエシュアとヨアブの一族二千八百十八人、
7:12
エラムの一族千二百五十四人、
7:13
ザトの一族八百四十五人、
7:14
ザカイの一族七百六十人、
7:15
ビヌイの一族六百四十八人、
7:16
ベバイの一族六百二十八人、
7:17
アズガドの一族二千三百二十二人、
7:18
アドニカムの一族六百六十七人、
7:19
ビグワイの一族二千六十七人、
7:20
アディンの一族六百五十五人、
7:21
アテルの一族、すなわちヒズキヤの一族九十八人、
7:22
ハシュムの一族三百二十八人、
7:23
ベツァイの一族三百二十四人、
7:24
ハリフの一族百十二人、
7:25
ギブオンの一族九十五人、
7:26
ベツレヘムとネトファの男子百八十八人、
7:27
アナトトの男子百二十八人、
7:28
ベト・アズマベトの男子四十二人、
7:29
キルヤト・エアリムと、ケフィラとベエロトの
男子七百四十三人、
7:30
ラマとゲバの男子六百二十一人、
7:31
ミクマスの男子百二十二人、
7:32
ベテルとアイの男子百二十三人、
7:33
別のネボの男子五十二人、
7:34
別のエラムの一族千二百五十四人、
7:35
ハリムの一族三百二十人、
7:36
エリコの一族三百四十五人、
7:37
ロド、ハディド、オノの一族七百二十一人、
7:38
セナアの一族三千九百三十人。
7:39
祭司。エダヤの一族、
すなわちイエシュアの一族九百七十三人、
7:40
イメルの一族千五十二人、
7:41
パシュフルの一族千二百四十七人、
7:42
ハリムの一族千十七人。
※パルオシュの一族、シェファトヤの一族、アラの一族、
パハト・モアブの一族(イエシュアとヨアブの一族)、
エラムの一族、ザトの一族、ザカイの一族、ビヌイの一族、
ベバイの一族、アズガドの一族、アドニカムの一族、
ビグワイの一族、アディンの一族、
アテルの一族(ヒズキヤの一族)、ハシュムの一族、
ベツァイの一族、ハリフの一族、ギブオンの一族、
別のエラムの一族、ハリムの一族
計21支族
7:39
祭司。エダヤの一族(イエシュアの一族)
7:40
イメルの一族、
7:41
パシュフルの一族、
7:42
ハリムの一族。
※これらの民は「残れる民」:
大隅国曾於郡の「ソオ」に対応する。
曾於「ソオ」(Heb.),סהֶָר,ShAR,sheor 残れる民
◎梅田〔下津町〕
「ウメタ」(Heb.),ֻמָת,AMVT,umot 民族、国民
"(ヘブライ語による)ユダヤ人"〔複〕
(Heb.),ַֻמַֻה,AMH,aumuah "アマヘ" 民族、国民>海部〔単〕
「和名類聚抄」紀伊国海部郡
※海部郡はユダ族〔ユダヤ人〕の居留地だった。
◎加太神社・淡島神社〔和歌山市加太〕
※同社は、粟島神社の分社として創始され、
神功皇后信奉と集合され、後の江戸時代に
「願人」によって東国・関東へその信仰圏を広げたが、
その素地は粟嶋神社の御神体が
既に遷されていたからである。
2016年2月29日月曜日
2016年2月21日日曜日
日本に秘匿されている証拠とその遍歴:日向国・那賀郡・郷
『浦和レッズレディース』 猶本光サポーターズサイト
『浦和レッズ』
『ひねもす至福の時』
『誕生日の花と花ことば』
『湘南ベルマーレ』サンフレッチェ広島
《明星院・広島県(歴史&地名)他》
『広島・明星院』
『広島・明星院』
『madiのブログ』
『My ブログ』
《考古学&古代史の諸問題》
《参考:年表・資料》
Matのジオログ
さいたま朝日WEB
『日本創世紀』:倭人の来歴と邪馬台国の時代小嶋秋彦
セブンネット
出典:歴史学講座「創世」 小嶋秋彦
≪日向国・那賀郡・郷≫
〇「和名類聚抄」日向国・那賀郡《高山寺本》
那珂郡《東急本、伊勢本、名博本、元和古活字本》
那賀・那珂「ナカ」
(Heb.),נֶגֶַל,NGAL,negeal 救われる、開放される "ナガ"
〇郷〔日南市、北郷町、南郷町、串間市〕
「ゴオ」
(Heb.),גֻוַל,GAL,guval 救い出す、解放する
(Heb.),גֶָל,GVAL,goel 救済者、贖い主、○救世主
(Heb.),גֶֻֻלַֻה,GALH,gueuluah 救い、解放、贖い
※那賀郡域内に「救いの神」が奉祭されていることを示す。
油(あぶら)津・吾平津神社〔日南市油津港〕
「アブラ」「アヒラ」
(Heb.),ַָדֶה,AHL,aodeh 幕屋、天幕
※この地区にユダ族の奉祭し続けた
エルサレムの神殿の移動式となった
「礼拝所」が置かれた。
吾田神社〔日南市戸高:とたか〕
「アダ」
(Heb.),ַָדֶה,AVDH,aodeh
『旧約聖書』「創世記」第29章35
29:35
レアはまた身ごもって男の子を産み、
「今度こそ主をほめたたえ(ヤダ)よう」と言った。
そこで、その子をユダと名付けた。
しばらく、彼女は子を産まなくなった。
※「ユダ」呼称の発生のための用語
戸高:とたか「ヘタカ」
(Heb.),הֻדַה,HVDH,hudah
(Heb.),ידח,YDH, 感謝する、告白する《大隅国の条参照》
平野、平山〔日南市〕
平:ひら「タイラ」
(Heb.),תִַֻלַה,TVLH,tauilah (金属、石、木の)平板
※ここでは「十戒石の板」
えびの神社〔日南市油津〕
(Heb.),ִֶוֶנ,IVN,ieven 石 ※「十戒の石板」
隅谷〔日南市油津の南隣り〕
「クマヤ」
(Heb.),כַמֶיַ,KMYI,kameya 護符、お守り ※「十戒の石板」
大堂・大堂津〔日南市隅谷の南隣り〕
「おうどう」
(Heb.),ַָדֶה,AVDH,aodeh 「ユダ族」の別称
方(上・下)〔日南市大堂の南隣り〕
「カタ」
(Heb.),כֶתַֻ,KTV,ketau 字、文字、筆跡
※石板に刻まれた十戒を表わす文字
物部郷:「和名類聚抄」日向国那賀郡
高山寺本に載る郷名〔同名博本〕※(現)戸高(日南市)
於部郷:「和名類聚抄」日向国那賀郡
東急本、伊勢本、元和古活字本に載る
物部「フッヘ」
(Heb.),הֻדַה,HVDH,hudah ידח,YDH,「ユダ族」を表わす
於部「オヘ」
(Heb.),ָהֶל,AHL,ohel 幕屋《移動式天幕の聖所》
夜開郷:「和名類聚抄」日向国那賀郡
「和名類聚抄」高山寺本、筑後国三潴郡夜開郷、訓「夜介」
夜開「夜介・ヤケ」
(Heb.),יֶכַר,YKK,yekar 栄誉、ほまれ
※「ほめたたえる」ユダの敬称
《参考》
ARPACHIYAH 1976
高床式神殿、牛頭、空白の布幕、幕と婦人、マルタ十字紋等
(アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている)
牛頭を象った神社建築の棟飾部
本生図と踊子像のある石柱
Tell Arpachiyah (Iraq)
ハラフ期の土器について
ハブール川
ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor
、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur
ARPACHIYAH 1976
高床式神殿
牛頭を象った神社建築の棟飾部
神社のルーツ
鳥居のルーツ
『浦和レッズ』
『ひねもす至福の時』
『誕生日の花と花ことば』
『湘南ベルマーレ』サンフレッチェ広島
《明星院・広島県(歴史&地名)他》
『広島・明星院』
『広島・明星院』
『madiのブログ』
『My ブログ』
《考古学&古代史の諸問題》
《参考:年表・資料》
Matのジオログ
さいたま朝日WEB
『日本創世紀』:倭人の来歴と邪馬台国の時代小嶋秋彦
セブンネット
出典:歴史学講座「創世」 小嶋秋彦
≪日向国・那賀郡・郷≫
〇「和名類聚抄」日向国・那賀郡《高山寺本》
那珂郡《東急本、伊勢本、名博本、元和古活字本》
那賀・那珂「ナカ」
(Heb.),נֶגֶַל,NGAL,negeal 救われる、開放される "ナガ"
〇郷〔日南市、北郷町、南郷町、串間市〕
「ゴオ」
(Heb.),גֻוַל,GAL,guval 救い出す、解放する
(Heb.),גֶָל,GVAL,goel 救済者、贖い主、○救世主
(Heb.),גֶֻֻלַֻה,GALH,gueuluah 救い、解放、贖い
※那賀郡域内に「救いの神」が奉祭されていることを示す。
油(あぶら)津・吾平津神社〔日南市油津港〕
「アブラ」「アヒラ」
(Heb.),ַָדֶה,AHL,aodeh 幕屋、天幕
※この地区にユダ族の奉祭し続けた
エルサレムの神殿の移動式となった
「礼拝所」が置かれた。
吾田神社〔日南市戸高:とたか〕
「アダ」
(Heb.),ַָדֶה,AVDH,aodeh
『旧約聖書』「創世記」第29章35
29:35
レアはまた身ごもって男の子を産み、
「今度こそ主をほめたたえ(ヤダ)よう」と言った。
そこで、その子をユダと名付けた。
しばらく、彼女は子を産まなくなった。
※「ユダ」呼称の発生のための用語
戸高:とたか「ヘタカ」
(Heb.),הֻדַה,HVDH,hudah
(Heb.),ידח,YDH, 感謝する、告白する《大隅国の条参照》
平野、平山〔日南市〕
平:ひら「タイラ」
(Heb.),תִַֻלַה,TVLH,tauilah (金属、石、木の)平板
※ここでは「十戒石の板」
えびの神社〔日南市油津〕
(Heb.),ִֶוֶנ,IVN,ieven 石 ※「十戒の石板」
隅谷〔日南市油津の南隣り〕
「クマヤ」
(Heb.),כַמֶיַ,KMYI,kameya 護符、お守り ※「十戒の石板」
大堂・大堂津〔日南市隅谷の南隣り〕
「おうどう」
(Heb.),ַָדֶה,AVDH,aodeh 「ユダ族」の別称
方(上・下)〔日南市大堂の南隣り〕
「カタ」
(Heb.),כֶתַֻ,KTV,ketau 字、文字、筆跡
※石板に刻まれた十戒を表わす文字
物部郷:「和名類聚抄」日向国那賀郡
高山寺本に載る郷名〔同名博本〕※(現)戸高(日南市)
於部郷:「和名類聚抄」日向国那賀郡
東急本、伊勢本、元和古活字本に載る
物部「フッヘ」
(Heb.),הֻדַה,HVDH,hudah ידח,YDH,「ユダ族」を表わす
於部「オヘ」
(Heb.),ָהֶל,AHL,ohel 幕屋《移動式天幕の聖所》
夜開郷:「和名類聚抄」日向国那賀郡
「和名類聚抄」高山寺本、筑後国三潴郡夜開郷、訓「夜介」
夜開「夜介・ヤケ」
(Heb.),יֶכַר,YKK,yekar 栄誉、ほまれ
※「ほめたたえる」ユダの敬称
《参考》
ARPACHIYAH 1976
高床式神殿、牛頭、空白の布幕、幕と婦人、マルタ十字紋等
(アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている)
牛頭を象った神社建築の棟飾部
本生図と踊子像のある石柱
Tell Arpachiyah (Iraq)
ハラフ期の土器について
ハブール川
ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor
、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur
ARPACHIYAH 1976
高床式神殿
牛頭を象った神社建築の棟飾部
神社のルーツ
鳥居のルーツ
2016年2月20日土曜日
日本に秘匿されている証拠とその遍歴:《大隅国曾於郡・肝属郡》③
『浦和レッズレディース』 猶本光サポーターズサイト
『浦和レッズ』
『ひねもす至福の時』
『誕生日の花と花ことば』
『湘南ベルマーレ』サンフレッチェ広島
《明星院・広島県(歴史&地名)他》
『広島・明星院』
『広島・明星院』
『madiのブログ』
『My ブログ』
《考古学&古代史の諸問題》
《参考:年表・資料》
Matのジオログ
さいたま朝日WEB
『日本創世紀』:倭人の来歴と邪馬台国の時代小嶋秋彦
セブンネット
出典:歴史学講座「創世」 小嶋秋彦
《大隅国曾於郡・肝属郡》
『肝属郡』
「和名類聚抄」大隅国肝属郡《東急本》岐毛豆岐・キモツキ
「続日本紀」文武天皇4年6月3日(700年)肝衝
和銅6年4月3日(713年)日向国肝杯
(現)串良町、高山町、吾平町、大根占町、根占町、田代町、
内之浦町、佐太町
肝衝・肝杯「キモツキ」
「キモ」(Heb.),כָמֶר,KMR,komer 司祭、祭司
「ツキ」(Heb.),תסֻכ,TsVK,tsuk (切り立った)岩
神は、モーセの前でシナイ山の切り立った岩に
「十戒」を彫り込んだ。
よって、「十戒石」は岩の石である。
(Heb.),כָמֶר־תסֻכ,KMR-TsVK,komer-tsuk 岩(十戒石)の祭司
肝属「キモツキ」
属「ゾク」(Heb.),זֻג,ZUG,zug 一対、二つ一組(のもの)
「出エジプト記」第34章1 二枚の石の板
34:1
主はモーセに言われた。
「前と同じ石の板を二枚切りなさい。
わたしは、あなたが砕いた、
前の板に書かれていた言葉を、その板に記そう。
(Heb.),סהנִי לֻכהָת ַונימ,ShNY LKhT AVNYM,shniy lukhot avnym
の石 板 の枚二
(Heb.),סהנִי,ShNY,shniy 2つの
◎(Heb.),זֻג,ZVG,zug 二つ一組のものの祭司
二枚の(十戒)石板の祭司
安良〔志布志町安楽の小字名〕
「ヤスラ」(Heb.),ִֶסהֶר,IShR,iesher
十(10):「十戒」の「十」
吾平〔町名〕「アヒラ」、小原〔串良町の字名〕「おはる」
(Heb.),ַָהֶל,AHL,aohel 幕屋《聖書の民の移動式礼拝所》
天幕「出エジプト記」第25章9
25:9
わたしが示す作り方に正しく従って、
幕屋とそのすべての祭具を作りなさい。
この付近に「十戒石」を奉祭する幕屋が
ある時期置かれていたことを示す。
麓(ふもと)「ろく」
(Heb.),לֻכה,LVKh,lukh 板、(金属や石の)板
《複》(Heb.),לֻכהָת,LVKhVT,lukhot 板
(Heb.),לֻכהָת,LKhT,lukhot [上記]に同じ
幕屋は十戒の石板(2枚)を奉祭するための聖所である。
名:みょう(上・下)「メイ(ヒ)」
宮比神社〔吾平町下名〕
(Heb.),מֶיֻפֶה,MYPH,meyupeh 委任された
※肝属郡地域にはユダ族と同伴して渡来した
エルサレムの奉祭を職掌としていたレビ族にして
モーセの兄をその初めとする生活の
大祭司家アロンの系譜の人々が幕屋を守るため
生活の地盤を置いていた所とすることができる。
《参考》
ARPACHIYAH 1976
高床式神殿、牛頭、空白の布幕、幕と婦人、マルタ十字紋等
(アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている)
牛頭を象った神社建築の棟飾部
本生図と踊子像のある石柱
Tell Arpachiyah (Iraq)
Tell Arpachiyah (Iraq)
ハラフ期の土器について
ハブール川
ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor
、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur
ARPACHIYAH 1976
高床式神殿
牛頭を象った神社建築の棟飾部
神社のルーツ
鳥居のルーツ
『浦和レッズ』
『ひねもす至福の時』
『誕生日の花と花ことば』
『湘南ベルマーレ』サンフレッチェ広島
《明星院・広島県(歴史&地名)他》
『広島・明星院』
『広島・明星院』
『madiのブログ』
『My ブログ』
《考古学&古代史の諸問題》
《参考:年表・資料》
Matのジオログ
さいたま朝日WEB
『日本創世紀』:倭人の来歴と邪馬台国の時代小嶋秋彦
セブンネット
出典:歴史学講座「創世」 小嶋秋彦
《大隅国曾於郡・肝属郡》
『肝属郡』
「和名類聚抄」大隅国肝属郡《東急本》岐毛豆岐・キモツキ
「続日本紀」文武天皇4年6月3日(700年)肝衝
和銅6年4月3日(713年)日向国肝杯
(現)串良町、高山町、吾平町、大根占町、根占町、田代町、
内之浦町、佐太町
肝衝・肝杯「キモツキ」
「キモ」(Heb.),כָמֶר,KMR,komer 司祭、祭司
「ツキ」(Heb.),תסֻכ,TsVK,tsuk (切り立った)岩
神は、モーセの前でシナイ山の切り立った岩に
「十戒」を彫り込んだ。
よって、「十戒石」は岩の石である。
(Heb.),כָמֶר־תסֻכ,KMR-TsVK,komer-tsuk 岩(十戒石)の祭司
肝属「キモツキ」
属「ゾク」(Heb.),זֻג,ZUG,zug 一対、二つ一組(のもの)
「出エジプト記」第34章1 二枚の石の板
34:1
主はモーセに言われた。
「前と同じ石の板を二枚切りなさい。
わたしは、あなたが砕いた、
前の板に書かれていた言葉を、その板に記そう。
(Heb.),סהנִי לֻכהָת ַונימ,ShNY LKhT AVNYM,shniy lukhot avnym
の石 板 の枚二
(Heb.),סהנִי,ShNY,shniy 2つの
◎(Heb.),זֻג,ZVG,zug 二つ一組のものの祭司
二枚の(十戒)石板の祭司
安良〔志布志町安楽の小字名〕
「ヤスラ」(Heb.),ִֶסהֶר,IShR,iesher
十(10):「十戒」の「十」
吾平〔町名〕「アヒラ」、小原〔串良町の字名〕「おはる」
(Heb.),ַָהֶל,AHL,aohel 幕屋《聖書の民の移動式礼拝所》
天幕「出エジプト記」第25章9
25:9
わたしが示す作り方に正しく従って、
幕屋とそのすべての祭具を作りなさい。
この付近に「十戒石」を奉祭する幕屋が
ある時期置かれていたことを示す。
麓(ふもと)「ろく」
(Heb.),לֻכה,LVKh,lukh 板、(金属や石の)板
《複》(Heb.),לֻכהָת,LVKhVT,lukhot 板
(Heb.),לֻכהָת,LKhT,lukhot [上記]に同じ
幕屋は十戒の石板(2枚)を奉祭するための聖所である。
名:みょう(上・下)「メイ(ヒ)」
宮比神社〔吾平町下名〕
(Heb.),מֶיֻפֶה,MYPH,meyupeh 委任された
※肝属郡地域にはユダ族と同伴して渡来した
エルサレムの奉祭を職掌としていたレビ族にして
モーセの兄をその初めとする生活の
大祭司家アロンの系譜の人々が幕屋を守るため
生活の地盤を置いていた所とすることができる。
《参考》
ARPACHIYAH 1976
高床式神殿、牛頭、空白の布幕、幕と婦人、マルタ十字紋等
(アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている)
牛頭を象った神社建築の棟飾部
本生図と踊子像のある石柱
Tell Arpachiyah (Iraq)
Tell Arpachiyah (Iraq)
ハラフ期の土器について
ハブール川
ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor
、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur
ARPACHIYAH 1976
高床式神殿
牛頭を象った神社建築の棟飾部
神社のルーツ
鳥居のルーツ
2016年2月19日金曜日
日本に秘匿されている証拠とその遍歴:《大隅国曾於郡・肝属郡》②
『浦和レッズレディース』 猶本光サポーターズサイト
『浦和レッズ』
『ひねもす至福の時』
『誕生日の花と花ことば』
『湘南ベルマーレ』サンフレッチェ広島
《明星院・広島県(歴史&地名)他》
『広島・明星院』
『広島・明星院』
『madiのブログ』
『My ブログ』
《考古学&古代史の諸問題》
《参考:年表・資料》
Matのジオログ
さいたま朝日WEB
『日本創世紀』:倭人の来歴と邪馬台国の時代小嶋秋彦
セブンネット
出典:歴史学講座「創世」 小嶋秋彦
≪行方不明になっているモーセの「十戒石」はどこに?≫
―日本に秘匿されている証拠とその遍歴―
《大隅国曽於郡・肝属郡》
「和名類聚抄」大隅国囎唹郡
「延喜式」神名帳 大隅國囎唹[ソオ]郡
(現)曽於郡 財部町・末吉町・大隅町・志布志町・
有明町・松山町・輝北町・大崎町
「ソオ」(Heb.),סהֶָר,ShAR,sheor 〔聖書〕残れる民
〇残り、残り物
『旧約聖書』「イザヤ書」第1章1
1:1
アモツの子イザヤが、
ユダとエルサレムについて見た幻。
これはユダの王、
ウジヤ、ヨタム、アハズ、ヒゼキヤの治世のことである。
※この聖典はユダ族について語られることを示している。
『旧約聖書』「イザヤ書」第1章9
1:9
もし、万軍の主がわたしたちのために、
わずかでも生存者(生き残りの者)を残されなかったなら、
わたしたちはソドムのようになり、
ゴモラに似たものとなっていたであろう。
"生き残りの者":残れる民「ソオ」(Heb.),סהֶָר,ShAR,sheor
◎ダビデの建てたヘブライ王国はソロモンが死んだ後に
ユダヤ王国(南)とイスラエル(北)に二分され、
後者イスラエルは紀元前8世紀に
アッシリアによってメソポタミア(メディア)へ連れ去られ、
前者ユダヤ王国の民も「バビロン捕囚」によって
新バビロニア〔メソポタミアの現バグダッド〕へと
連れ去られてしまった。
しかし、ユダヤの一部は許されエルサレムに帰還したが、
紀元前4世紀には、その彼らの第二の神殿も破壊され、
このユダヤ王国の人々は歴史上の記録から消えてしまった。
つまり「残れる民」とは「ユダヤ王国系統の民」を表わす。
「イザヤ書」
4:2
その日には、イスラエルの生き残った者(逃れた者)
にとって主の若枝は麗しさとなり、栄光となる。
この地の結んだ実は誇りとなり、輝きとなる。
10:20
その日には、イスラエルの残りの者と
ヤコブの家の逃れた者とは、
再び自分たちを撃った敵に頼ることなく、
イスラエルの聖なる方、主に真実をもって頼る。
10:21
残りの者が帰って来る。
ヤコブの残りの者が、力ある神に。
10:22
あなたの民イスラエルが海の砂のようであっても、
そのうちの残りの者だけが帰って来る。
滅びは定められ、正義がみなぎる。
11:11
その日が来れば、主は再び御手を下して、
御自分の民の残りの者を買い戻される。
彼らはアッシリア、エジプト、上エジプト、クシュ、
エラム、シンアル、ハマト、
海沿いの国々などに残されていた者である。
16:14
更に今、主は言われる。
「雇い人の年期のように三年たてば、
多くの民を持つモアブの栄光は必ず終わり、
わずかな者だけが残され、力はうせる。」
28:5
その日には、万軍の主が民の残りの者にとって
麗しい冠、輝く花輪となられる。
37:4
生ける神をののしるために、
その主君、アッシリアの王によって遣わされて来た
ラブ・シャケのすべての言葉を、
あなたの神、主は恐らく聞かれたことであろう。
あなたの神、
主はお聞きになったその言葉をとがめられるであろうが、
ここに残っている者のために祈ってほしい。』」
37:31
ユダの家の中で難を免れ、
残った者たちは再び根を下ろし、上には実を結ぶ。
37:32
エルサレムから、残った者が
シオンの山から、難を免れた者が現れ出る。
万軍の主の熱情がこれを成就される。
46:3
わたしに聞け、ヤコブの家よ、
イスラエルの家の残りの者よ、共に。
あなたたちは生まれた時から負われ
胎を出た時から担われてきた。
49:6
こう言われる。
わたしはあなたを僕として
ヤコブの諸部族を立ち上がらせ
イスラエルの残りの者を連れ帰らせる。
だがそれにもまして
わたしはあなたを国々の光とし
わたしの救いを地の果てまで、もたらす者とする。
「エレミヤ書」
6:9
万軍の主はこう言われる。
「ぶどうの残りを摘むように
イスラエルの残りの者を摘み取れ。
ぶどうを摘む者がするように
お前は、手をもう一度ぶどうの枝に伸ばせ。」
「エゼキエル書」
9:8
彼らが打っているとき、わたしはひとり残され、
顔を伏せ、助けを求めて言った。
「ああ、主なる神よ、
エルサレムの上に憤りを注いで、
イスラエルの残りの者を
すべて滅ぼし尽くされるのですか。」
「ヨエル書」
3:5
しかし、主の御名を呼ぶ者は皆、救われる。
主が言われたように
シオンの山、エルサレムには逃れ場があり
主が呼ばれる残りの者はそこにいる。
「オバデヤ書」
1:17
しかし、シオンの山には逃れた者がいて
そこは聖なる所となる。
ヤコブの家は、自分たちの土地を
奪った者の土地を奪う。
「ゼファニヤ書」
3:12
わたしはお前の中に
苦しめられ、卑しめられた民を残す。
彼らは主の名を避け所とする。
「ミカ書」
4:7
しかし、わたしは足の萎えた者を
残りの民としていたわり
遠く連れ去られた者を強い国とする。
シオンの山で、今よりとこしえに
主が彼らの上に王となられる。
「エズラ記」
9:8
ところが今、ほんの少し前から、
わたしたちの神、主の憐れみにより、
わたしたちの幾人かが捕囚を免れて生き残り、
あなたの聖なる所によりどころを得るようにされました。
こうして、わたしたちの神はわたしたちの目に光を与え、
奴隷の身にありながらも、
わずかに生きる力を授けてくださいました。
9:13
わたしたちは、
数々の大きな悪事と罪科のゆえに受くべき
艱難をすべて受けましたが、
わたしたちの神、
あなたはわたしたちの重い罪悪をもそう重く見ず、
わたしたちをこのように生き残らせてくださいました。
この後で、
9:14
またしても御命令を破り、
その忌まわしい民と縁組みをすることができましょうか。
お怒りになって、
わたしたちを一人残らず滅ぼし尽くされても当然です。
9:15
イスラエルの神、主よ、あなたは恵み深いお方です。
だからこそ、
わたしたちは今日も生き残りとしてここにいるのです。
御覧ください。
このような有様で御前に立ちえないのですが、
罪深い者として、御前にぬかずいております。」
『新約聖書』
「ローマの使徒への手紙」
9:27
また、イザヤはイスラエルについて叫んでいる、
「たとい、イスラエルの子らの数は、
浜の砂のようであっても、
救われるのは、残された者だけであろう。
11:5
同じように、現に今も、
恵みによって選ばれた者が残っています。
※「オホスミ」「ソホ」が
「ユダ族の民」を示すものであれば、
彼らは長い旅を「船」でやって来たはずだ。
そして、遂に安心(楽)のできる地に辿り着いたことになる。
志布志町・志布志湾「シフシ」
(Heb.),סִוֻסִ,SVS,sivusi=(Heb.),סִוֻ־סִוֻ,SVF-SVF,sivu-sivu
〔日本語しぶしぶ〕遂に、最後に
(Heb.),סָf,SVF,sof 最後、終わり、結末
安楽・安楽川〔志布志町〕:安心
菱田・菱田川〔志布志町の隣り有明町、大崎町〕
「ヒシタ」(Heb.),הֶסהִית,HShYT,heshiyt (船を)浮かべる
(Heb.),הַסהַתַה,HShTH,hashatah (船を)浮かべること、回漕
◎『日本書紀』神代下〔巻第二〕
日向の襲 「そ」"そう""しゅう"
(Heb.),סהֶָר,ShAR,sheor 残れる民〔ユダ族〕
『浦和レッズ』
『ひねもす至福の時』
『誕生日の花と花ことば』
『湘南ベルマーレ』サンフレッチェ広島
《明星院・広島県(歴史&地名)他》
『広島・明星院』
『広島・明星院』
『madiのブログ』
『My ブログ』
《考古学&古代史の諸問題》
《参考:年表・資料》
Matのジオログ
さいたま朝日WEB
『日本創世紀』:倭人の来歴と邪馬台国の時代小嶋秋彦
セブンネット
出典:歴史学講座「創世」 小嶋秋彦
≪行方不明になっているモーセの「十戒石」はどこに?≫
―日本に秘匿されている証拠とその遍歴―
《大隅国曽於郡・肝属郡》
「和名類聚抄」大隅国囎唹郡
「延喜式」神名帳 大隅國囎唹[ソオ]郡
(現)曽於郡 財部町・末吉町・大隅町・志布志町・
有明町・松山町・輝北町・大崎町
「ソオ」(Heb.),סהֶָר,ShAR,sheor 〔聖書〕残れる民
〇残り、残り物
『旧約聖書』「イザヤ書」第1章1
1:1
アモツの子イザヤが、
ユダとエルサレムについて見た幻。
これはユダの王、
ウジヤ、ヨタム、アハズ、ヒゼキヤの治世のことである。
※この聖典はユダ族について語られることを示している。
『旧約聖書』「イザヤ書」第1章9
1:9
もし、万軍の主がわたしたちのために、
わずかでも生存者(生き残りの者)を残されなかったなら、
わたしたちはソドムのようになり、
ゴモラに似たものとなっていたであろう。
"生き残りの者":残れる民「ソオ」(Heb.),סהֶָר,ShAR,sheor
◎ダビデの建てたヘブライ王国はソロモンが死んだ後に
ユダヤ王国(南)とイスラエル(北)に二分され、
後者イスラエルは紀元前8世紀に
アッシリアによってメソポタミア(メディア)へ連れ去られ、
前者ユダヤ王国の民も「バビロン捕囚」によって
新バビロニア〔メソポタミアの現バグダッド〕へと
連れ去られてしまった。
しかし、ユダヤの一部は許されエルサレムに帰還したが、
紀元前4世紀には、その彼らの第二の神殿も破壊され、
このユダヤ王国の人々は歴史上の記録から消えてしまった。
つまり「残れる民」とは「ユダヤ王国系統の民」を表わす。
「イザヤ書」
4:2
その日には、イスラエルの生き残った者(逃れた者)
にとって主の若枝は麗しさとなり、栄光となる。
この地の結んだ実は誇りとなり、輝きとなる。
10:20
その日には、イスラエルの残りの者と
ヤコブの家の逃れた者とは、
再び自分たちを撃った敵に頼ることなく、
イスラエルの聖なる方、主に真実をもって頼る。
10:21
残りの者が帰って来る。
ヤコブの残りの者が、力ある神に。
10:22
あなたの民イスラエルが海の砂のようであっても、
そのうちの残りの者だけが帰って来る。
滅びは定められ、正義がみなぎる。
11:11
その日が来れば、主は再び御手を下して、
御自分の民の残りの者を買い戻される。
彼らはアッシリア、エジプト、上エジプト、クシュ、
エラム、シンアル、ハマト、
海沿いの国々などに残されていた者である。
16:14
更に今、主は言われる。
「雇い人の年期のように三年たてば、
多くの民を持つモアブの栄光は必ず終わり、
わずかな者だけが残され、力はうせる。」
28:5
その日には、万軍の主が民の残りの者にとって
麗しい冠、輝く花輪となられる。
37:4
生ける神をののしるために、
その主君、アッシリアの王によって遣わされて来た
ラブ・シャケのすべての言葉を、
あなたの神、主は恐らく聞かれたことであろう。
あなたの神、
主はお聞きになったその言葉をとがめられるであろうが、
ここに残っている者のために祈ってほしい。』」
37:31
ユダの家の中で難を免れ、
残った者たちは再び根を下ろし、上には実を結ぶ。
37:32
エルサレムから、残った者が
シオンの山から、難を免れた者が現れ出る。
万軍の主の熱情がこれを成就される。
46:3
わたしに聞け、ヤコブの家よ、
イスラエルの家の残りの者よ、共に。
あなたたちは生まれた時から負われ
胎を出た時から担われてきた。
49:6
こう言われる。
わたしはあなたを僕として
ヤコブの諸部族を立ち上がらせ
イスラエルの残りの者を連れ帰らせる。
だがそれにもまして
わたしはあなたを国々の光とし
わたしの救いを地の果てまで、もたらす者とする。
「エレミヤ書」
6:9
万軍の主はこう言われる。
「ぶどうの残りを摘むように
イスラエルの残りの者を摘み取れ。
ぶどうを摘む者がするように
お前は、手をもう一度ぶどうの枝に伸ばせ。」
「エゼキエル書」
9:8
彼らが打っているとき、わたしはひとり残され、
顔を伏せ、助けを求めて言った。
「ああ、主なる神よ、
エルサレムの上に憤りを注いで、
イスラエルの残りの者を
すべて滅ぼし尽くされるのですか。」
「ヨエル書」
3:5
しかし、主の御名を呼ぶ者は皆、救われる。
主が言われたように
シオンの山、エルサレムには逃れ場があり
主が呼ばれる残りの者はそこにいる。
「オバデヤ書」
1:17
しかし、シオンの山には逃れた者がいて
そこは聖なる所となる。
ヤコブの家は、自分たちの土地を
奪った者の土地を奪う。
「ゼファニヤ書」
3:12
わたしはお前の中に
苦しめられ、卑しめられた民を残す。
彼らは主の名を避け所とする。
「ミカ書」
4:7
しかし、わたしは足の萎えた者を
残りの民としていたわり
遠く連れ去られた者を強い国とする。
シオンの山で、今よりとこしえに
主が彼らの上に王となられる。
「エズラ記」
9:8
ところが今、ほんの少し前から、
わたしたちの神、主の憐れみにより、
わたしたちの幾人かが捕囚を免れて生き残り、
あなたの聖なる所によりどころを得るようにされました。
こうして、わたしたちの神はわたしたちの目に光を与え、
奴隷の身にありながらも、
わずかに生きる力を授けてくださいました。
9:13
わたしたちは、
数々の大きな悪事と罪科のゆえに受くべき
艱難をすべて受けましたが、
わたしたちの神、
あなたはわたしたちの重い罪悪をもそう重く見ず、
わたしたちをこのように生き残らせてくださいました。
この後で、
9:14
またしても御命令を破り、
その忌まわしい民と縁組みをすることができましょうか。
お怒りになって、
わたしたちを一人残らず滅ぼし尽くされても当然です。
9:15
イスラエルの神、主よ、あなたは恵み深いお方です。
だからこそ、
わたしたちは今日も生き残りとしてここにいるのです。
御覧ください。
このような有様で御前に立ちえないのですが、
罪深い者として、御前にぬかずいております。」
『新約聖書』
「ローマの使徒への手紙」
9:27
また、イザヤはイスラエルについて叫んでいる、
「たとい、イスラエルの子らの数は、
浜の砂のようであっても、
救われるのは、残された者だけであろう。
11:5
同じように、現に今も、
恵みによって選ばれた者が残っています。
※「オホスミ」「ソホ」が
「ユダ族の民」を示すものであれば、
彼らは長い旅を「船」でやって来たはずだ。
そして、遂に安心(楽)のできる地に辿り着いたことになる。
志布志町・志布志湾「シフシ」
(Heb.),סִוֻסִ,SVS,sivusi=(Heb.),סִוֻ־סִוֻ,SVF-SVF,sivu-sivu
〔日本語しぶしぶ〕遂に、最後に
(Heb.),סָf,SVF,sof 最後、終わり、結末
安楽・安楽川〔志布志町〕:安心
菱田・菱田川〔志布志町の隣り有明町、大崎町〕
「ヒシタ」(Heb.),הֶסהִית,HShYT,heshiyt (船を)浮かべる
(Heb.),הַסהַתַה,HShTH,hashatah (船を)浮かべること、回漕
◎『日本書紀』神代下〔巻第二〕
日向の襲 「そ」"そう""しゅう"
(Heb.),סהֶָר,ShAR,sheor 残れる民〔ユダ族〕
2016年2月18日木曜日
日本に秘匿されている証拠とその遍歴:《大隅国曾於郡・肝属郡》➀
『浦和レッズレディース』 猶本光サポーターズサイト
『浦和レッズ』
『ひねもす至福の時』
『誕生日の花と花ことば』
『湘南ベルマーレ』サンフレッチェ広島
《明星院・広島県(歴史&地名)他》
『広島・明星院』
『広島・明星院』
『madiのブログ』
『My ブログ』
《考古学&古代史の諸問題》
《参考:年表・資料》
Matのジオログ
さいたま朝日WEB
『日本創世紀』:倭人の来歴と邪馬台国の時代小嶋秋彦
セブンネット
出典:歴史学講座「創世」 小嶋秋彦
≪行方不明になっているモーセの「十戒石」はどこに?≫
―日本に秘匿されている証拠とその遍歴―
《大隅国曾於郡・肝属郡》
「和名類聚抄」大隅国曾於郡、大隅郡、肝属郡
⦅東急本⦆於保須美 大隅郡大隅郷
「延喜式」神名帳大隅国囎唹郡「ソオノ」
『日本書紀』天武天皇11年秋7月
壬辰朔甲午(682年7月3日)
隼人が数多く来て方物(土地の産物)を奉つった。
同日大隅の隼人と阿多(後の薩摩国、鹿児島県西部)
の隼人とが朝廷で相撲(すまい)をとり、
大隅の隼人が勝った。
『続日本紀』大宝2年4月15日(702年)筑紫七国
『続日本紀』和同6年4月3日(713年)
日向国の肝坏・曾於・大隅・姶羅の4郡を割き、
初めて大隅国が置かれ~
「日本地名大辞典」大隅<郷>は安楽川・菱刈川流域の
志布志町、有明町、松山町から
大崎町東武、大隅町月野にまたがる地、~
〇大隅:和名類聚抄・東急本「於保須美(オホスミ)」
(Heb.),ōתסֶמֶַ,IVTsMH,ōtsemae
(Heb.),ōתסֶמֶַ,פיִז,ָז,ITsMH,ōtsemae,pyiz,oz
栄光、誉れ
『旧約聖書』「創世記」第29章35
〔ヤコブの子供たちの出生伝承:
イスラエルの十二支族
日本聖書刊行会新改訂〕
彼女はまた身ごもって男の子を産み、
「今度は主をほめたたえ(ヤダ)よう」と言った。
それゆえ、その子を彼女はユダと名付けた。
「創世記」第29章35
〔ミルトス社、ヘブライ語聖書対訳シリーズ〕
レアはまた身ごもって男の子を産み、
「今度こそ主をほめたたえ(ヤダ)よう」
と言った。
そこで、その子をユダと名付けた。
(Heb.),ַָדֶה,HDVA,aodeh A:私
(Heb.),דֶה,DA,odeh 確認する
(Heb.),ִֻדֻי,VDVY,uiduy 告白、白状
(Heb.),הִדִֻדַה,HTVDH,hidiudah 白状する、告白する
(Heb.),יהֻדַה,YHVDH,yhudah ユダ《ヤコブとレアの子》
※神に感謝を告白することは、
神の「栄光を」を「ほめたたえる」ことである。
よって
「大隅:オホスミ」は「ユダ・ユダ族」を表わす。
つまり 大隅国はユダ族が居留し、支配した土地で
あったことを示す。
◎大人弥五郎〔祭事〕
大人「ダイビト」「ダビト」
(Heb.),דַֻוִד,DVT,duavid
(Heb.),דַֻוִיד,DVYD,duaviyd
ダビデ王(ヘブライ王国の王)
弥五郎「ヤゴロウ」
(Heb.),יַכָר,YKR,yakor 親愛な、敬愛〔尊敬〕する
(Heb.),יֶכַר,YKR,yekar 尊敬、誉れ、栄誉
「ダビト・ヤゴロ―」
(Heb.),,YKR-DVD,
敬愛するダビデ王〔※同王は神でないので像は可能〕
『浦和レッズ』
『ひねもす至福の時』
『誕生日の花と花ことば』
『湘南ベルマーレ』サンフレッチェ広島
《明星院・広島県(歴史&地名)他》
『広島・明星院』
『広島・明星院』
『madiのブログ』
『My ブログ』
《考古学&古代史の諸問題》
《参考:年表・資料》
Matのジオログ
さいたま朝日WEB
『日本創世紀』:倭人の来歴と邪馬台国の時代小嶋秋彦
セブンネット
出典:歴史学講座「創世」 小嶋秋彦
≪行方不明になっているモーセの「十戒石」はどこに?≫
―日本に秘匿されている証拠とその遍歴―
《大隅国曾於郡・肝属郡》
「和名類聚抄」大隅国曾於郡、大隅郡、肝属郡
⦅東急本⦆於保須美 大隅郡大隅郷
「延喜式」神名帳大隅国囎唹郡「ソオノ」
『日本書紀』天武天皇11年秋7月
壬辰朔甲午(682年7月3日)
隼人が数多く来て方物(土地の産物)を奉つった。
同日大隅の隼人と阿多(後の薩摩国、鹿児島県西部)
の隼人とが朝廷で相撲(すまい)をとり、
大隅の隼人が勝った。
『続日本紀』大宝2年4月15日(702年)筑紫七国
『続日本紀』和同6年4月3日(713年)
日向国の肝坏・曾於・大隅・姶羅の4郡を割き、
初めて大隅国が置かれ~
「日本地名大辞典」大隅<郷>は安楽川・菱刈川流域の
志布志町、有明町、松山町から
大崎町東武、大隅町月野にまたがる地、~
〇大隅:和名類聚抄・東急本「於保須美(オホスミ)」
(Heb.),ōתסֶמֶַ,IVTsMH,ōtsemae
(Heb.),ōתסֶמֶַ,פיִז,ָז,ITsMH,ōtsemae,pyiz,oz
栄光、誉れ
『旧約聖書』「創世記」第29章35
〔ヤコブの子供たちの出生伝承:
イスラエルの十二支族
日本聖書刊行会新改訂〕
彼女はまた身ごもって男の子を産み、
「今度は主をほめたたえ(ヤダ)よう」と言った。
それゆえ、その子を彼女はユダと名付けた。
「創世記」第29章35
〔ミルトス社、ヘブライ語聖書対訳シリーズ〕
レアはまた身ごもって男の子を産み、
「今度こそ主をほめたたえ(ヤダ)よう」
と言った。
そこで、その子をユダと名付けた。
(Heb.),ַָדֶה,HDVA,aodeh A:私
(Heb.),דֶה,DA,odeh 確認する
(Heb.),ִֻדֻי,VDVY,uiduy 告白、白状
(Heb.),הִדִֻדַה,HTVDH,hidiudah 白状する、告白する
(Heb.),יהֻדַה,YHVDH,yhudah ユダ《ヤコブとレアの子》
※神に感謝を告白することは、
神の「栄光を」を「ほめたたえる」ことである。
よって
「大隅:オホスミ」は「ユダ・ユダ族」を表わす。
つまり 大隅国はユダ族が居留し、支配した土地で
あったことを示す。
◎大人弥五郎〔祭事〕
大人「ダイビト」「ダビト」
(Heb.),דַֻוִד,DVT,duavid
(Heb.),דַֻוִיד,DVYD,duaviyd
ダビデ王(ヘブライ王国の王)
弥五郎「ヤゴロウ」
(Heb.),יַכָר,YKR,yakor 親愛な、敬愛〔尊敬〕する
(Heb.),יֶכַר,YKR,yekar 尊敬、誉れ、栄誉
「ダビト・ヤゴロ―」
(Heb.),,YKR-DVD,
敬愛するダビデ王〔※同王は神でないので像は可能〕
登録:
投稿 (Atom)