2015年11月7日土曜日

≪アズミ族の正体≫火把節・歌垣


 出典:歴史学講座「創世」 小嶋秋彦

 ≪アズミ族の正体≫火把節・歌垣

 課題:倭人〔和人〕はシナ大陸を最初に開化させた
    ―黄帝・嫘祖と夏王朝及び三星堆遺跡―

 出典:謎の西南シルクロード
    著者名:鄧廷良 著 王矛・王敏 編訳
    出版元:原書房
    46~47頁

 古くて神秘的な西南シルクロード
    
 『火把節』

 (……略)

 ◆ 火把節の夜は、同時に若者の天下である。

   はなやかな服装をした娘たちは、
 
   思う存分歌ったり踊ったりする。

   それを機会に、

   青年たちは一生懸命に目を凝らしている。

   いざ好きな娘を見つけたら、

   その踊りの列に飛び込んでモーションをかけるのである。

   もし男女ともお互いに気に人れば、

   二人は静かで落ち着いた場所に移り、

   そこでアダムとイブの物語を展開させていくことになる。

 ◆ 火把節にはもう一つ、伝統的な行事が行われる。

   ―それは一種の美人コンテストである。

   このような催事は特に、

   西洋工業文明国の独創のように思われているが、

   実は古くから涼山でも続けられてきたのである。

   審査委員会を構成するのは、

   各部族の信頼できる首領たちである。

   そして審査の基準といったら、

   ドクター課程の試験よりも難しいかと思える。

   容姿にすぐれ、体格美しく、品あり、

   そして優雅でなければならない。

   しかも歌えて、踊り上手。

   さらに応待がうまく、

   葬族の歴史、伝説、家譜、ことわざに通じる。

   そのほかに、
 
   彝族の属する家族や親類の地位も重視される。

   また、人間と霊との精神をつなげる占い師の発言も、

   審査においていっそう大事にされるのである。

 ◆ 勿論、火把節では相撲、闘牛、競馬もやる。

   それら競技の中で、男性の雄々しい美しさが示される。

   女性の場合は、普段の貯金を全部晴れ着に使ってしまう。

   もしかしたら満足のいく男性を、

   夫にするかも知れない胸の高鳴りを秘めて、

   彼女らはいつもより浮き浮きしている。

   グランドの周囲や、地形の高い所に立ち、

   できるだけ人々の目を引くようにする。

   彼女らにとって、

   見物に来るよりむしろ自分を宣伝することが目的である。

   彝族の娘の服装は皆手作りである。

   服装は単に家族の貧富を表現するばかりでなく、

   本人の巧みな技術をも披露できる。

   ただし、後者の方が相手を選ぶ上では、

   かなり重要なウエイトを占めるそうである。

   火把節に参加する娘は、よく黄色い傘をさす。

   その傘は雨を防ぐものではなく、

   また日傘として使用するものでもない。

   実は、異性に暗号を送る道具なのである。

   さし方、まわし方、にぎり方にそれぞれ意味がある。

   ともかく意向表明や、相方に対し、

   自分のイメージを伝えるためのものである。

   いわばコミュニケーションの道具である。
 
   したがって、好みの男性に巡り合わない娘は、

   いつまでも黄色い傘をさしたまま、

   目立っ場所を行ったり来たりしている。

 ◆ 火把節を行う民族は少なくない。

   およそ氏羌部落の子孫となる各民族が、

   ほとんどこの風習・習慣を守る。

   ところが、その方式も厳かな程度も、

   各地にいる葬族の各支系によって異なる。

   現在の西昌の火把節には

   「原始のにおい」というものが

   ほとんどなくなってしまっている。

   そういえば以前にテレビ局の後援もあって、

   わざわざ組織された普格、楚雄の火把節のありさまも、

   原始的な神秘さに欠けていた。

   そこで今も神秘的な火把節を行っているといわれる部族、

   例えば、涼山彝族の中心部、

   いわゆる「純粋な彝区」といわれる布施圏での

   火把節を紹介してみよう。

   T字形の長い街道には、

   周辺の村々から来た人々で満ちている。

   しかし、輪になって酒を飲む男たちが、

   たまに高い声を出さないかぎり、

   人で一杯に埋まってしまった町全体は、

   かえってひっそりとしていた。

   もう一つ変わったことがある。

   晴れ着の娘たちは、ぼんやりと街頭にすわるか、

   または、静かに群衆の中に紛れて立ち去る。

   彼女らの歩く姿も不思議に思う。

   上半身と両腕が何とちっとも動かない、顔にも表情一つなく、

   ただ足どりだけが軽快に進む。

   それはあたかも一片の雲が、ふんわりと通りすぎるようである。

   もしくはどこからともなく、茫然とただよう精霊のようでもある。

 (略……)







 《参考》

 ARPACHIYAH 1976

 高床式神殿、牛頭、空白の布幕、幕と婦人、マルタ十字紋等

 牛頭を象った神社建築の棟飾部

 本生図と踊子像のある石柱

 Tell Arpachiyah (Iraq)
 Tell Arpachiyah (Iraq)    
 ハラフ期の土器について
 ハブール川
 ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor
、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur
 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿
 牛頭を象った神社建築の棟飾部
 神社のルーツ
 鳥居のルーツ

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