2013年5月20日月曜日

隼人族とは間違いなく扶余人のこと



 『Yahoo!天気・災害』 

 『出典』言語復原史学会加治木義博大学講義録23:24頁

 《隼人族とは間違いなく扶余人のこと
 「隼人族とは間違いなく扶余人のこと

 これで大化大戦で滅びた当時の、

 百済の朝鮮半島植民地が、

 なぜ百済でなく「扶余国」を名乗っていたか、

 その理由もはっきりわかった。

 扶余という国名は、もう一つ、最も重大な史実を記録している。

 それは「ラ行音」を「ヤ行音」に発音するフランス型発音の南九州語では、

 扶余を「扶羊」と書き変えて「ハヤ」と読み、

 風の名に「扶羊風=ハヤのかぜ」と当て字しているし、

 和歌山県の田辺市にも海岸部に「芳養=ハヤ」という地名があり、

 古来、隼人族移住の痕跡だと信じられている。

 このように南九州系の人は、

 扶余をフルでなく「ハヤ」と発音するから、

 扶余人と書いて「ハヤト」と発音する。

 隼人については古来、

 実にさまざまな憶測が並べられてきているが、

 隼人族とは間違いなく扶余人のことで、

 皇祖・天照大神や、皇宗・素戔嗚の尊は、

 これまでご覧のように、

 『記・紀』が書く通り、

 百済人や高句麗人を生んだ隼人族だったのである。

 その直系を語る万世一系の天皇たちも、

 古来、憶説のあるユダヤ人やカリエン人ではなく、

 ギリシャ系の神々を祭政一致の基本とした、

 隼人族以外のなにものでもない。

 繰り返していうが、

 3世紀の倭国政権連邦人と朝鮮半島人とは、間違いなく同族であった。

 高句麗や百済を外国だなどと思い込んでいては、

 日本の建国史を語る資格はない。

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 《参考》
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