2013年2月14日木曜日

卑弥呼の仏教の内容と歌垣



 『Yahoo!天気・災害』 

 『出典』言語復原史学会加治木義博大学講義録20:22頁

 《卑弥呼の仏教の内容と歌垣
 「卑弥呼の仏教の内容と歌垣

 先にもお話ししたが、

 『梵網経』などにみられる戒品 Silavagga シラバッガ は、

 太陽、幸福の女神、吉祥天の崇拝を禁じ、鏡、巫女、神託を排斥している。

 この3つは全て卑弥呼の鬼道が特徴としてもつもので、

 敵の位宮の国は後に新羅になったと壹與を始祖王・赫居世にしているから、

 シラの名が示す通りシラバッガ派の国である。

 これを卑弥呼と位宮の争いに当てはめて見ると、

 こうした対立する教義の差が、狗奴国が女王に属さず、

 戦いに発展してしまった根本理念であって、

 位宮の国が後にシラと呼ばれて白、斯盧と書かれ、

 後世さらに新羅と書かれた理由は、

 「仏国」に対抗して「神国(シンラ)」を名乗ったものだったから、

 倭国側が神国(シンラ)と書くのを嫌って、

 当て字を替えて「新羅(シンラ)」と書いたものだったことがわかる。

 戦いは女尊の観音教徒と男尊のシンドゥ教徒の宗教戦争だった。

 アソカ王の碑文には、

 山頂に登って音楽、讃歌、舞踏、歌劇などを催す祭の、

 Samajja があったと記録されている。

 これは我が国でも後世、

 『常陸国風土記』が筑波山などで盛んに行なわれたと記録している

 「歌垣=かがい」などだから、

 アソカ王系の仏教徒・倭国の風習をもつ人々が、

 東国に移ったったことを示している。

 筑波は西の峰は「雄神」と呼び登山を禁じて、

 東の峰だけに登らせたが、

 春秋には東国諸国からの男女が遊び集(つど)うたとある。

 『My ブログ』
 古代メソポタミア
 歴史徒然
 ウワイト(倭人):大学講義録
 ウワイト(倭人)大学院講義録 
 オリエント歴史回廊(遷都)
 古代史つれづれ 
 古代史の画像
 ネット歴史塾
 古代史ブログ講座
 ネット歴史塾
 ひねもす徒然なるままに    
 「終日歴史徒然雑記」
 「古代史キーワード検索」

特定非営利活動法人森を守る紙の会: NGO-SFP』事務局長:金原政敏


 《参考》
 古代時代の考古学の最新発見・発表・研究成果
 最新の考古学的発掘の方法
 存在価値が問われる我が国の発掘考古学の現状

 《装飾古墳
 「装飾古墳
 《考古学の最新発見
 「考古学の最新発見

0 件のコメント:

コメントを投稿